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根の強さ

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 9月24日(月)15時49分49秒 i114-184-213-23.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
寒暖の差が大分激しくなって来ましたね、お身体には気を付けてお過ごし下さい。

今日は、根の強さというお題目で話を進めていきたいと思います。
最近のニュースでよく耳にするのが、台風の被害で神社の御神木が倒れたというもの。私も気になって色々調べてみたところ、東日本大震災が起こる数年前より各地で御神木が根元から折れるという事態が起こっていたとか。

樹齢何百年という御神木が根元から折れるという事がどういう事か、二つ考えられると思います。一つは、倒れるその日までに起こったどの風よりも強く、耐えられなかった、二つ目は、御神木を守る神々の力が弱くなった又は無くなった。

確かにここ数年の風速を見ていると、海面温度の上昇でかなり強いものになっています。しかし、いかに強い風であっても、根がしっかりとしていれば倒れる事は無いのではと思います。それは倒れた御神木の周辺の木々が全て倒れているという訳では無いからです。

御神木と言われているものだけがピンポイントで倒れているという事は、御神木だけの話に止まらず、倒れた御神木がある神社にいらっしゃる御祭神の方々の事も関係しているのではないでしょうか。
神社がある敷地内は、本来聖域となっており、沢山の神々が色んな御役でいらっしゃり御神木を守る神様もいらっしゃると思います。
御神木が倒れるという事は、やはりそこを守る神様が不在になったか、或は僅かになってしまったのかというところに考えが向いてしまいます。

では、なぜ神々は御神木を守る事に力を注がなくなってしまったのでしょうか。
考えられる事は、守るべき人々が居なくなったのではないかというもの。
日頃お世話になっている御祭神に対して、真剣に感謝申し上げる人が居なくなったから、神々としては守るべき人間が居なくなったと思われたとも考えられます。

これは、御神木に限らず、堤防にしても山崩れにしてもそこを守る神様の力が強ければ、乗り越える波から人々が守られ、山崩れが起きにくい環境に繋がって行くとも考えられます。
ただ、災害が過去に何度も起きている場所では、違う形で神様はサインを送っていますので、もうそこを離れるしか方法は無いかも知れません。
離れたとしても命があれば何度でも再起はあります。

私達は今色んな災害にさらされた真っ只中に居ます。
貴方の住んでいる地域を守る御祭神に、守って戴く人間はここに居ますという意思表示をする為にも、日頃の感謝をきちんと行ってみてはいかがでしょうか。
根がしっかりした御神木が、これからも長く長く倒れずに守って戴けるものになる事を願います。
根の強さとは、人間が神様を慕う心の強さと比例しているのかも知れませんね。


この記事で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。

また何かありましたら書かせて頂きます。
 

明るく元気に

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 9月16日(日)16時42分17秒 i114-184-213-23.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
神社には事あるごとに行ってみて下さい、新たな発見もあるかも知れませんよ。

今日は、明るく元気にというお題目で話を進めていきたいと思います。
私達が生活している中には、仕事上で取り返しのつかない状態になり会社を辞めなければならない状況になったり、子供が大怪我をして危険な目にあったり、難病になり治るか治らないか分からない状態に陥ったりと、様々な事柄により長期間心を痛めたり、悲しいを思いをしたりします。

その様な目に遭うと、自分の所だけがなぜ?と思い、自暴自棄になったりして立ち直れない状態になり、うつ病等になる事もあるでしょう。
なぜそんな悲しい事が起こったのか、それは自分自身がそういう目に遭わなければならない様に少しずつ、少しずつ近づいていき、そうなったとも考えられるのです。

私の体験から話をさせて頂くと、以前から関節リウマチの経過報告はさせて頂いておりましたが、今も関節リウマチは完治しておりません。
2015年10月中頃に総合病院の検査入院の結果、関節リウマチと診断された訳ですが、結果が出ると直ぐに病院を自主退院して自然療法で治したいですと主治医に話し飛び出したは良いのですが、周りに同じ様な病気で同じ様な考え方の人は居らず、本を読んだり、試行錯誤で生活をしていました。

そもそもなぜ自分が関節リウマチになってしまったのかと言えば、思い当たる所で話をすると、2013年の春頃会社の健康診断で内臓の数値がとても悪く、とにかく筋トレをしなければと、その数値を見たその日からスクワットや腕立て伏せ等自分が勝手に考えたメニューで1時間近く自主トレをやっていました。
最初は好調だったのでが、段々と身体が疲弊して行きその年の暮れには段々飽きて来て、全く身体を動かさなくなりました。

そうこうしていると、段々とその筋トレの後遺症の様なものがジワジワ来て、これは今でも覚えている事ですが、寝ている時に両膝から外へ目に見えないエネルギーが抜けて行く様に何度か思った事、その後両膝が腫れて来て、動かし辛くなっていき段々と関節リウマチというものになっていった訳です。

健康診断での数値を見た時に、実は生活の仕方を見直しなさいという合図を神様は出して下さっていたのに、自分が勝手に思い込んで最もやってはいけない40代後半の危険な筋トレに走ってしまった事が大きな要因ではないかと思っています。

話を戻しまして、診断されてからの自分の生活の基盤となるものは、神様への朝晩のご挨拶、神社への月初めのご挨拶、自分に今出来る事は最低限これしかないという思いで、ただただ行っていました。
しかし行っても、行っても、身体の痛みは痛くなるばかりで日に日に悪くなっていっている様な状態になっていきます。
段々と塞ぎ込んで行き、自分の身体が動かないやるせなさで何度も、何度も涙が出て来ては、暗く落ち込んでいましたし、当会の会員にも迷惑を掛けた事がある程です。

それからというもの、気持ちが上がったり下がったりの繰り返しで、中々自分を正常な状態に持って行けてはいませんでした。
変化が起こったのは、2017年1月頃、私の収入は傷病手当で賄っていたのですが、この手当の有効期限は受けてから1年と半年の期間と定められていて、2017年の6月分で期間満了でした。
1月のある時、出来れば4月か5月位に就職活動が出来る位に回復していたいなあと漠然と思っていました。

するとどうでしょう、明るい将来が自分の中にビジョンとして浮かんで来たんです。
以前の様にみんなと同じように働いて、同じように電車に乗って通勤する姿、1年以上もの間、最小限の人と会い、公共の交通機関とは一切関係を断っていましたので、多くの人とこれから会い、電車に乗る、これが当面の自分の夢であり、直ぐ近くにあると、希望に満ちて来ました。

それからは、亀の様にゆっくりとした時間が、徐々に元の生活に戻れる様な身体の仕組の変化が起きて来た訳です。

身体の色んな部位が正常な状態に戻っていき、4月の中旬には、今働いている会社の社長とコンタクトを取れる程に気持ちも身体も回復していました。

今書いた様に、やはり長い時間塞ぎ込む事もあると思いますが、いつまでもそのままでは無いんです。
それがいつまでもそのままであるならば、それは神様に相応の仕組を戴いていないからだと思います。

神様に仕組を頂戴する為には、暗く塞ぎ込んでいてはいけません。やはり明るく元気に神様の元にひざまずき、感謝の挨拶をする。これが大事だと私は自分の体験を持って感じました。
貴方の次のステップ、これを念頭に置き、どうなりたいかビジョンを広げ、明るく元気に過ごし、神様に感謝の挨拶をする、これが一つの奥義ではないかと思います。

これは誰にもでも出来る事だと思います。
是非とも次の仕組を戴ける様に、明るく元気に過ごして頂きたいと思います。

僕も私も仕組を頂戴しました!という方々のお便り待ってまーす。


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神が宿るもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 9月 9日(日)16時16分14秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
大分涼しくなって来ましたね、体調には気を付けてお過ごし下さい。
氏神様への挨拶もお忘れなく


今日は、神が宿るものとはどの様なものかについて話を進めていきたいと思います。
皆様は神が宿ると聞いて、どの様な想像をしますか。
日本で生まれ育った方であれば、八百万の神々という言葉を聞いた事があると思いますが、これは、あらゆるものに神々が宿っているという意味でもあります。

あらゆるものというのは、目に見えるものも見えないものも入って来ますが、目に見えないものとはどの様なものでしょうか、それは簡単に言えば風や気候なども当てはまると思います。

風は、音はしても風自体を捉える事は出来ません、気候についても暑い寒いは分かっても、気候そのものを捉える事は出来ません。
昔から風神雷神と言って、風を吹く神と雷を起こす神がよく取り上げられますが、風そのものに宿るというよりも風を司る神又は雷を司る神がいると表現した方が良いのかも知れません。

ただ最近の気候等を見ていますと、どうでしょう。
冬は極寒で、夏は酷暑、今迄生きて来た中で、子供の頃の夏はもっと気温が低かったとか、冬にしても雪が降っても家の二階までの降雪は、殆ど無かったという方々が多いのではないでしょうか。

それが年々、記録を塗り替える様な異常な状態が続いています。
なぜ異常な気候が又は現象が起きているのでしょうか。

ここで一つの考えを話したいと思います。
以前神示しで、この様なものがありました。
氏神様の御役について伺った時に、守る事だと答えられたので、目に見えない現象から守って戴いているという事かと尋ねたところこの様な返事が返って来ました。
ならば神々が引き揚げればこの世はどうなろうに

神々がもし地球から離れてしまったならば、気候も地殻変動も制御が無くなり、地球上は人が住めなくなる環境になってしまうかも知れません。
今こうして人間が地球で暮らして行けるのは、あらゆるものにあらゆる場所で神々が宿っていて、地球の制御をして戴いているからだという事にもっともっと気付いて頂きたいと思います。

そして、素晴らしい環境にして頂いているという認識、また、生かされている事への感謝、実際にこの事を神々に対して感謝の意を表すという事が今の人間は薄れて来ているのかも知れません。

自然現象が強くなるという事の本当の意味と以前人間の身体にも神が宿っていると書きましたが、肉体を動かす為に必要な全ての活動にも神々は関わっていますから、その事も合わせて真剣に考えていかなければならないと思います。

今の私達に出来る事と言えば、神様に感謝をする事ではないでしょうか。
神々の中の大元の神様より連綿と続く神々様がいらっしゃり、人間は生かされています。その中でも最も身近で守って下さっているのが氏神様です。

氏神様に感謝の意を表すという事は、神々の中の大元の神様であります神ノ大元ノ大神様に思いを繋がらせて戴く事と同じと言えるのです。
一人一人の人間の思いが神様に感謝をするという思いに変われば、段々と方向転換が起きて来るのではないでしょうか。

神が宿るものとは、人間を含めあらゆるものに宿っています。
宿っているからこそ人間は生きて行けるのです。
この事をしっかりと肝に銘じ、日頃の感謝を行って頂きたいと思います。


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本当の備えというもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 9月 2日(日)10時43分30秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
9月に入りましたね。
月初めの氏神様へのご挨拶には行かれましたか?
私は、昨日午前中に月初めのご挨拶に行かせて頂きました。
雨の中大勢の氏子が参拝に来られていました。
私のご挨拶が終わり、後ろを振り向くと、沢山の方々が、少し離れた屋根の有る所に控えていてちょうど混み合う前のタイミングで、ご挨拶をさせて頂く事が出来ました。
有難いことです。

挨拶はまだという方、是非ご挨拶に行ってみて下さい。

来週は大型台風がまた列島を縦断すると報じられていますが、備えはしていますか。今日は、本当の備えとは何であるかについて話を進めていきたいと思います。

最近では台風や大雨が起こる度に土砂崩れや、河川が溢れて避難指示が出たりしておりますが、土砂災害が起こる地域というのは、昔から殆ど変わっていないと思われます。寧ろダムや山の形状を変えた事で、新たなる災害地域が増えたのではないでしょうか。

昔から災害が起こっていた土地であっても、そこで起こった大惨事の継承が行われずに、同じ様に同じ場所で災害に巻き込まれ、亡くなられる方が数多く居られる様ですが、これは本当に悲しい事だと思います。
何度も同じ事を繰り返す人間に対して神様はどの様に思われているのでしょうか。

物事が起きて初めて人は、備えます。次に同じ事を繰り返さない様にするにはどうしたら良いのか、色々と試行錯誤をして必死に物事を考えます。しかし、その考えも時間と共に風化していき、やがて誰も知らない時代になっていきます。
それが百年前なのか、数千年前なのか、仮に一つの家庭で起こった惨事が、その経験を細かく子孫に残す事は、強い意志を持った語り部でも居ない限り恐らく一般には難しいと思います。

備えとは、家が流されない様に強固にするとか、土砂災害が起こらない様に山の上にダムを作るとか物質的に備える事ではありません。いくら強固にしても、それを流すだけの土石流が来るかも知れませんし、山の上のダムが決壊したら流されてしまうかも知れないのです。

備えるというのは、日頃から神様に感謝して、氏神様に生かされている事を感謝して過ごす事で神様と繋がり、その繋がりにより例えば安全な場所へ移動させて戴いたり、危険な目に遭わない様にして戴いたり、目に見えない世界で神様に守って戴けるという事が本当の備えと言えるのではないでしょうか。

今お話しした事は、災害に限った事ではありません。
誰もが、事件や事故に遭うかも知れないのです。

事が起こってからでは遅いと、神様は仰っています。

事が起こった後は、誰も冷静ではいられないでしょう。
事が起こる前に、神様と繋がらせて頂く為の日々の感謝のご挨拶を行ない、神様からの本当の備えを戴ける人になって欲しいと思っています。

皆様はどうお考えになられますか。

この記事で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。

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最近起こる事から思うもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 8月25日(土)17時13分20秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
今年は台風の被害が各地で猛威をふるっておりますが、自然災害の多くは人間に何かを語り掛けている現象かも知れません。
日頃起きる様々な事より、お守り下さっている氏神様に、感謝のお参りに行ってみて下さい。


今回は、人間が便利な生活を送られる様な環境作りは、得てして人間に有益をもたらすものだけでは無い事について話を進めて行きたいと思います。
先日から再三、台風による土砂災害のニュースが報道されていますが、皆様がお住いの地域は大丈夫でしたでしょうか。

夜が明けると色んな被害状況が報道され、土砂災害・水害や床下浸水などのニュースが流れています。これらの自然災害からの被害というのは、ある地域では昔から存在する川幅を広げて治水工事を行い、田畑に潤沢な水を送り込めるようなシステムを開発し、生活が潤って来ました。

川幅を広げる事で、安定的な環境とそこで実る農産物の恩恵で暮らして来た訳ですが、まず川幅を広げるという事は、単純に昔からある地形を変えるという事です。
昔からの地形が変わるという事は、川の流量も変わります、ただ、広げる事で川の全体の水位が下がり水害の多発は免れるかも知れません。
ただ、最近の雨量が、当時建設されたものとどれ位違うのかは、発表されていません。

その水量を調整する為に、上流にダムを建設したりすると思いますが、ダムの水量調整は人間が行っています。先日も、どこかの地域で、ダムの水量が溢れる状況だったので、水門を開けたとありました。
想像出来る事だと思いますが、水門を開けられた下流に住む人々は、ダムから流れ込んだ水の害にあった様です。
これは、自然災害というより人災というべきかも知れません。

この様に、一つ川幅を広げるだけでも、人間には計り知れない方向へと物事が進んで行ってしまいます。
そこで、行政も、河川が危険水域に達した時、住民に避難をする様に呼び掛けていると思いますが、人間の生命を脅かす出来事に対する誰からの呼び掛けも、全て神々からの伝えであると認識する必要があります。

危険地帯でありながら、避難するよう呼びかけがあっても、そこから動かないという事は、神々からの警告を無視する事になりますので、後はどうなるかは分かりません。

例えば、身体が不自由で動けなかった方が亡くなった事や、よく聞き取れなかったなどがよく耳にしますが、誰かに助けて貰う体制というのは、日頃の近所付き合いや、交流だけではありません。

日頃生かされている事に感謝して、氏神様の所へご挨拶に行く事こそが最も大事な事なのです。
神様は気に入った者の命を奪ったりしません。
神様に気に入られる様な振舞い、思い、そして神様を崇め奉る心、これらを大切にし、過ごす事は、日頃のどんな災いからも遠ざけて下さいます。
聞き取れない事など起こさせないと思いますし、身体が不自由であれば、誰かが必ず訪れて、助けをして下さる事でしょう。

逆に気に入られない言動、振舞い、神々を無視する心であった場合、どうなるのでしょうね。犯罪に手を染める様な生き方をさせられるのか、どうなのか・・ですがね。

何かが起こる時、どの様な行動が出来るのか、又は行動をさせられるのか、後から思えば、奇跡の連続だったとか、なぜあそこに逃げたのか分からなかったけど、自然と足があっちへ行ったとか、これまで災害が起こった地域での経験談を聞いた事があると思いますが、一人一人が、神様と繋がり、神々と集い合う世界になれば、どんなに過ごし易い世界になるのでしょうね。
一人一人が目覚める事を願っています。
そして、一人一人に宿る神様が目覚める事も願っています。

先日もお話ししましたが、今お住いの地域が、土砂災害の危険がある様な場所ならば、神社の神主に聞いてみて、過去に土砂災害は無かったか等聞いてみて下さい。
今度の9月の月初めは、土曜日ですので、氏神様の所へ日頃のご挨拶に行ってみてはいかがでしょうか。
また、そのご報告もお待ちしております。

また何かありましたら書かせて頂きます。
尚、内容で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。
 

神の存在

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 8月19日(日)18時02分29秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
暑い夏が弱まり、ようやく朝夕の温度が下がった様に思います。
涼しい朝に、是非神社へお参りに行ってみて下さい。心が晴れ晴れとしますよ。


今回は、神の存在について話を進めて行きたいと思います。
先日、ネットニュースで目に止まった記事があります、物理学者や数学者、天文学者など、これまでに存在した様々な学者の多くは、神の存在を信じていたと。

これはそれぞれの分野で物事を突き詰めて、突き詰めて辿り着いた一つの答えとして、神の存在無くして物質の進化或は存在は証明が出来ないという結果から導き出されたものかも知れませんが、突き詰めた者だけが知り得る神だけが、特別なものでは無く、あらゆる人々が感じる又は想像する神も同一であると思います。

なぜなら宇宙を創造した神、地球を創造した神、気候を創造した神、生物を創造した神、人類を創造した神、人間の身体を司る神、色んな創造をした神々や活動している神々がいらっしゃると思いますが、それらを創造した神や活動をしている神は、神々の中の一番上の神様から繋がっていて、神々の中の一番上の神様、即ち神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている各神々様と言える訳ですから、一神様の事を語る時、その神様は常に神ノ大元ノ大神様と繋がっているという事を想像し語れたならば、学者がいう神とその他の人々がいう神とは同一であると言えるのではないでしょうか。

当会で使用している唱える言葉で、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている各神々様とあるのが、今お話しした内容をまとめた言葉になるのですが、この、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いているという文言を付けて、いつでも想像して文言を出さなくても、心の中で唱えたりする事は、とても重要であると思っております。

また、何々神社の御祭神の皆様にご挨拶する時、前に神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている何々神社のと付けてお参りするのと、付けずにお参りするのとでは、繋がり方に違いがある様なので、是非とも神社に行かれてご挨拶する時は、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いていると入れて唱えてみて欲しいと思います。

詳しくは、HPにあるカテゴリー神社と御祭神の中の神社での正しい祈り方を参照して下さい。

私達は、この地球で、神々が創造されたものに囲まれて又は恩恵で生かされていて、神の存在をいつでも感じる事ができる環境にいるという事を理解して頂けましたでしょうか。
どんなに凄い学者が導き出した神であろうが、一般に想像する神であろうが、全て神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている神々様であり、私達人間も神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている存在だという事を、忘れないで欲しいと思います。

そして、日々の感謝を、神ノ大元ノ大神様と連綿と続いている各神々様、氏神様に深く、深く、心を下げて、ひざまずいて祈る事を行ってみて下さい。


また何かありましたら書かせて頂きます。
尚、内容で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。
 

崇めるという事

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 8月12日(日)16時59分46秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
お盆で帰省されている方も多いと思いますが、実家の氏神様のところにもご挨拶に行ってみて下さい。
きっとお喜び下さいますよ。

今回は、崇めるという事について話を進めて行きたいと思います。
最近メディアで神的とか神対応等という言葉をよく耳にしますが、掲示板をご覧の皆様はこれを聞いてどう思われているのでしょうか。

ある特定の人物の行動に神的という言葉をくっ付けて使用しているケースが多い様ですね。
果たして人間の行動に神的行動というものがあるのでしょうか。
人間を助ける行動、自分には思いもつかない様な行動を成し遂げる人に向けて発せられていますが、神が人間に対しどの様な思いを持ち、何をなされているのかは、誰にも明かされていません。

神であればどうなさるかなど誰にも予測ができないという事です。
逆に言えば、人間の行動パターンなど全て読み切られていて、目に見えない所で何かが起こり、人間の気付かない所で全てが終わっていると言っても過言では無いと思います。

神が起こすものは、人間には計り知れないものであり、人知では到底想像もつかないものだと思います。

また、人間同士では、あの方は神様の様な方だという表現をする人もいますが、あれは恐らく自分にとって素晴らしい行動を取ってくれて、助かった事を最上級の誉め言葉として使用しているのではないかと推察しますが、そう言っている方は相手からどう思われているのでしょうね。

自分も相手から神様の様な方ですねと呼ばれる様な、行為・行動が出来るようになれれば、そしてそういう方が増えれば、それは、神様の様なでは無く、人間の中で一番上の存在というほうが当てはまる言葉ではないかと思いますがね。
おお!良い言葉が浮かびましたね。
神様に閃かせて頂きました、ありがとうございます。

話を戻しますが、歴史上の人物等で偉業を成し遂げ、亡くなった後に神格化して崇めている神社もある様です。

現に、人の名前で祀られている神社は、全国に沢山あります。
ただし、神社の社にいらっしゃるのは、神格化された人間では無く、そこの地域を守る役目を持った御祭神であるという事を間違えてはなりません。

そこを履き違えて、神格化された特定の人間の名前を唱えてお参りする事は、地域を守る御祭神を蔑ろにする行為なので、もしも自宅近くにそういう神社があって、今迄は知らずに、神格化された人の名前を唱えて参拝されていた方は、そこを守る御祭神の皆様にまずは、お詫びなされたほうが良いと思いますが、どうお考えになられますでしょうか。

崇めるという事は、自分を日頃お守り下さっている神様に対して行う行為・行動です。
お守り下さっている神様は、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている御祭神なのですから、神社に行って日頃お守り下さっている事に感謝するのが最も重要な事なのです。

人間世界で神っているとか、神的とか使うのは自由ですが、誰を崇めるのかは明確に立て分けをして欲しいなと思います。


また何かありましたら書かせて頂きます。
尚、内容で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。
 

人間のルール

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 8月 5日(日)13時14分29秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
氏神様のところには月初めのご挨拶に行かれましたか?
神々と集い合う世界を作る為にはまず、氏神様に感謝のご挨拶が大切です。
行かれていない方は、是非行ってみて下さい。

今回は、人間のルールと題して話を進めて行きたいと思います。
人間社会にはルールがあります。ルールは、子供が遊ぶ世界にも存在しますし、自分自身にもあります、当然会社の中、社会の中にもあります。
ルールを決めるのは誰か、遊びであれば勝ち負けを競う為に全員が納得するようなものが必要だし、自分自身であれば、社会のルールと私生活のルールを立て分けする事で成り立っている事があります。
会社に中には、社長が決めたルールがあり、それに従えないものはそこを去るしかありません。

しかしこれらのルールは、そこに身を投じる者だけが守らなければならないものであり、属していなければ守るも何も無関係な事柄に過ぎません。

属しているものが例えば宗教であれば、どうでしょうか、宗教にもルールがあります。お布施をしなさいとか、こういう祈り方をしなさいとか、神様にこういう振舞いをすると御無礼ですよとか、宗門宗派あらゆるルールが存在する事でしょう。
ただし、この宗教の中にあるルールは誰が作ったのでしょうか。

全て後世の人間が人間の為に作ったルールであり善悪であり正義なのです。
なぜ神は神の世界のルールや善悪や正義を人間に与えなかったのでしょうか。
もし、神の世界のルールや善悪・正義を人間に与えたならば、それは神の世界であり人間の世界で無くなると以前神示しで言われました。

この事からお分かりの様に、人間は人間社会のルールの元に生活しなければいけない訳ですが、人間社会のルール中から氏神様の大切さが完全に消えていると思うのは私だけだでしょうか、氏神様の大切さがもっともっと人間社会に浸透すれば、もっと違った世の中になるのではないだろうか。
浸透するには時間が掛かります、どうか沢山の方々が早く目覚めて、氏神様にご挨拶に行かれて下さい。

以前私もとある宗教に属していましたが、その頃氏神様にお参りしなさいなんて誰も言ってくれませんでした。宗教施設に行く事が神が望まれている事であり、お布施をする事が必要な事だとずっと思っていましたが、その様に仕組んでいるのは、その組織を立ち上げた方達であり、運営する為に必要な人集めやお金集めをせっせとやっていた事が、去ってから分かりました。

以前、神に特定の名前は無いと御使いの神様が仰っていました。
あるのは、御役だけだと。
今一度言います、人間を守る御役の神様は、氏神様です。
宗教団体が作った神でも無ければ教祖でもありません。

しかし選ぶのは貴方自身です。
自分のルールの中に、人間を守る御役の氏神様に感謝を行うという項目を掲げるかどうかは、貴方自身に任されています。


また何かありましたら書かせて頂きます。
尚、内容で不明点または聞きたい事がありましたら、当掲示板に遠慮なくご質問または下記管理者までメールをお願いします。
 

東輪さんへ

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年 8月 1日(水)07時03分3秒 i118-18-190-155.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  お返事ありがとうございます。
ここで表現した流木とは、山などに長雨が続き地盤が緩み部分的に滑落して押し流されたものを指してのものでしたが、通常流木というと、河川や海に流れ込んだ樹木の事をいう様ですね、倒木と言った方が適切だったでしょう。
失礼しました。

恐らくは堰を作るというのも先祖代々の土地を守る為に講じた策だと思いますが、想定を上回る雨量で災害に遭われたのではないかと思います。

地上の全ては神様が御造りになられたものだと認識しております。

確かに、先祖が残した警告が長い年月で風化して分からぬままに住んでいた方も居られるでしょう。
現に今回のニュース等で聞いた話によれば、何百年に一回に起こると予想されていた災害が今日だとは思わなかったと答えていた方がいらっしゃいましたから。

無視していると言われればそういう方々も居られるのかも知れません。自分では無視しているという自覚は無いでしょうが。

現時点において私は宗教に属していると思った事はありません。
宗教とは平たくいうと、生活を教える場であり神様との接し方を学ぶ場若しくは組織だったものと思っています。
それに、日本古来の考え方からすれば、神社と人間という氏神と氏子という関係が昔からあるから、それを外国で作ろうとして宗教が生まれたのかも知れません。

私が今このカミアマネシモノの会で活動しているのは、宗教では無く神教であり、神ノ大元ノ大神様の教えを広め、伝えていくことと神様と繋がりを持たせて頂き、神々と集い合う世界を作ること、それに必要なことは、自分の身近にいらっしゃる神社の御祭神に感謝の意を表しに赴き、ご挨拶をすることです。
 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2018年 7月29日(日)21時00分57秒 i218-47-111-208.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  あるがままにかかせてもらいます流木とは?物は下から上には流れますか?ある意味上に住みそして」生き延び祖先を繋げてそして今思いもよらない事に逢う?地上は人間が全て作ったものですか?災害?ならば先祖の警告を全て無視しているのではありませんか。?災害ともうします。災害とは?質問します。神様が100㌫いらしゃるならこの世の中に色々な教団はありえないと思います。だって人間社会ですから。皆拠り所を求めているのですかね?あなたは、どこかの宗教に属してるのですか?  

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