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謹んで新年の、お祝いを申し上げます。

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 1月 1日(火)09時22分14秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  明けまして、おめでとうございます。
謹んで新年の、お祝いを申し上げます。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、又、各神々様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

掲示板を見て下さっている皆様、いつも閲覧頂き、ありがとうございます。

日々、私共、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の活動に賛同頂きまして、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

おかげさまで新年を迎えることができました。

皆様は氏神様に新年の、ご挨拶に行かれましたか、明るい内に済まされます事をおすすめします。

掲示板を見て下さっている皆様、本年も、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)を宜しくお願い致します。


神周士の会 愉人
 

今年一年

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年12月31日(月)11時56分9秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
明日から新しい年が始まりますね、ようやく気候も冬らしくなってきました、今年はどのような年でしたか。メディアでも報道されていましたが、今年は災害の年と言われ、地震・大雨・台風・地震と毎月のように何かが起こっていましたね。

海外でも、山火事・地震・噴火という風に、規模の大きな災害が起こりました。
来年がどのような年になるのか、分かりませんけれど、一つ言えるのは、多くの人の思いが、まだまだ成熟していないという事ではないでしょうか。

この世界で一人の人間が生きて行くためには、沢山の人の力を必要とします。親が居なければ生まれて来る事すらありません。

人間が生まれて来るには、沢山の神々の力を必要とします。神々が居なければ、生きていく事すら出来ません。

人間が人間という限り、この二つの要素は切っても切り離せない事です。
もっと言えば、人間が生きていく為に必要な食べ物は、大地の恵みからの戴きものです。大地の恵みが無ければ、食物は育ちません。育つために必要な雨風・気候・土・堆肥・土壌にいる微生物に至るまで、全てを創られたのは、神々様です。
人間が生きて行くために必要だから、用意して下さったものです。

みんな神々様の恩恵があり、生かされているのです。
この事は心の中できちんとご理解ください。

親が居るから、自分がいる。親にもそれぞれのお爺ちゃんやお婆ちゃんがいたから、親がいる。
ご先祖がいたから、親も自分もいる。
ご先祖に感謝、ですよね。

お仏壇があるところは、お仏壇の前で、感謝の思いを伝えてみて下さい。お仏壇が無いところは、感謝の思いを朝晩のご挨拶でやってみて下さい。
その思いがきちんと根付くまで続けてやってみて下さい。
感謝の思いというものは、その思いにより行動にも現れるようになって、相手への思いやりにも繋がってくるものだと思っています。

日頃ご先祖へのご挨拶をされている方は、連綿と続く神々様にもご挨拶をなされてみて下さい。

そして何より、自分と今の生活拠点をお守り下さっている氏神様にも、ご挨拶をなさってみて下さい。

争い事なんてやっている場合ではありません。
一刻も早く、感謝の思いを伝える練習をしてみて下さい。
来年の抱負として、行ってみて下さい。

では、来年もどうぞよろしくお願い致します。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております。
神に、神に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、また各神々様、神に、神に、ありがとうございます。
今年一年、沢山の御仕組賜りまして、神に、神に、ありがとうございました。
くる年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

神ノ大元ノ大神様より連綿と続いている神々様、今年一年、数限りない御守護賜りまして、神に、神に、ありがとうございました。
くる年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

今年一年を振り返って

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2018年12月31日(月)09時49分2秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  大晦日になりましたね、愉人です。
今年一年、皆様はどういう思いをお持ちになられた一年でしたか。

私は相も変わらず同じ事を繰り返す人間達だなぁーと思う一年でした。
天災、人災、自然の異常気象等、今年世界に見舞われた災害は、過去に同じように起こっている災害が集まって今年に来たように思います。

まるで神々が以前に遭った災害の教訓をどれだけ人間が習得しているかのテストのように、地震での対策、集中豪雨の対策、伊勢湾台風の教訓、世界を見ればアメリカの山火事、ハリケーン、その他アジアでは地震等、今までの教訓を得て、対策が立てられていて当たり前だと思う事が出来ていない。

そして、災害に見舞われる、前代未聞の事だと報道する。
しかし、神様、各神々様は、前代未聞の災害に遭わないように、事前に災難を過去に与えて、いつもヒントを与えて戴いているのを無視して人間の都合で行動している。

宗教も救われを望み、奇跡を待つことを述べる、しかし神々から過去に戴いたヒントを元に少しでも人間が対策を講じて要れば、此処までの大難には成っていないことが多く有ると思います。

天然の現象に人災が加わって大災害に成っているのが今の現状ではないでしょうか。

神々の奇跡も戴けるので有れば戴けば良いのですが、努力すれば奇跡と思うばかりの現象に遭遇できるように仕組んで戴いているのが今の人間だと思います。

今年一年は見本的な災害が多く発生しました、今一度、神々が人災が原因で有ることを人間に知らしめて戴けた一年ではないかと思います。

苦しい時に奇跡を願うのでは無しに、普段から神々に挨拶し、神々から導きを得、余力がある時から災害に備えられるように日々生活することが奇跡以上の事柄を戴けるのでは無いでしょうか。
神々は普段から全てを与えてくれています、日々奇跡以上のものを戴いて居る方々が居られるはずです、特に今年災害に遭わなかった方々は奇跡以上の仕組みを戴いたと思いますが違いますか?

だからこそ、いつも傍で御守り戴ける神様との繋がりが、どれほど大事か、お解かりだと思います、氏神様には、ご挨拶に行かれますよう、お薦めいたします。

新年を迎えますが、初詣に出かける時には氏神様に挨拶してから他の神社に参りましょう。

来る年も何が起こるか分からない世の中になると思いますので何卒、氏神様との繋がりをお持ちください。



 

今年も終わりですね

 投稿者:東輪  投稿日:2018年12月26日(水)21時02分28秒 sp49-106-207-109.msf.spmode.ne.jp
返信・引用
  久しぶりに、投稿させて頂きます。
今年もいろいろな事がおこりましたね。
世界中、今そこで生活している全世界中の皆さま方
人それぞれ、うれしうれしに、今年を終わらせ新しき年に良く良く過ごす事、また、今年も、金に苦しみ人に苦しみ、来る年も苦しみ、二極化の世に。
なぜ、人は苦しみ、人の下に生活していかなければならないか、人の上に立てないか、全て皆さま方一人、ひとりなのです。
その、想いも、思いも、行動も、行いも、言葉も、言葉使いも、努力も、しないのも、するのも、全て自分次第です。
くる年が皆様にとって良き年でありますよう。
 

意識をかえる

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年12月24日(月)16時24分50秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
いよいよ今年も残るところ一週間になりましたね。気候的に考えるとあまり年の瀬という雰囲気は無いのですが、年々こういう気候になって行くんですかね?


今日は、意識をかえるというお題目で話を進めていきたいと思います。
今年の目立ったニュースと言えば、煽り運転でしょうか。
カーっとなったら、見境が無くなってなりふり構わず暴言を吐いたり暴行を加えたりと、こういう方々はホントに増えていると私も感じます。

先日も同県出身の者で煽り運転で二人の命を奪ったとして、裁判が行われていましたが、この様な事件を起こす方というのは、日頃から生活が荒れていて、自分に歯向かう者は、親であろうと何であろうとかんしゃくを起こしていたと思います。

もはや誰も手が付けられない状態になり、この様な事件を起こさなければならない者へとなったのではないでしょうか。

人間は隙が沢山あります。その隙を狙って何かに使おうと思っている神々も、いらっしゃるのではないかと思います。例えば、多くの人間を騙そうとして、教祖を育てて、あたかも自分に神が降臨したと思わせて、夢で神々しいものを見せたり、神の御名はこういう名だと啓示を受けたが如く語り、人々を集め、騙してお金を巻き上げて行く。

この様な事は少なからず起きているのではないでしょうか。

以前神示しでこの様に仰られた事があります。
人間の細胞など、どんな神でも入れ替えはできる。

人間の世界ではどうでしょうか、人間の細胞を入れ替える事が出来るでしょうか、最高の医療を兼ね備えた所であっても、それは不可能ですよね。
なぜそれが神に出来るのかと言えば、人間を作ったのは神だからです。
作った側からすれば仕組が全て分かっている訳ですから、造作無い事なのです。

神が望む人間の生き方とは、神が思う事を素直に実行する者と仰られています。神が思う事とは、何か。
当方で何度も何度も書いている事です。

難しい事は何も言っていません。
人間が生きていけるのは、神様が常に御守護して下さっているからです。
その感謝の御礼を神社へ月初めに行かれたらどうでしょうかと伝えております。
ご挨拶する時の方法で神様に最も伝わる祈り方を掲載しているのは、神々より、この様に祈りなさいと教えて戴いた言葉だからです。

今お話ししている事は、宗教云々の話しではありませんよ、お間違いの無い様に。
自分の生き方を左右する重大な事だと受け止めて頂きたいのです。
自分の生き方は自分で決めると仰る方はどうぞ、ご自由になさって下さい。

これからの日本、世界、まだまだ色んな事があるでしょう。
一人一人が目覚めるときが来たんです。
来年からは、氏神様をお慕いする人へと、そして神々と集い合う世界をつくる第一歩を踏み始めて欲しいと思っています。
誰にでもそのチャンスがあるんです。

また何かありましたら書かせて頂きます。
 

高山集いの会、ご報告

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年12月15日(土)11時41分15秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  12月8、9、10日の2泊3日で集いの会が行われました。
今回は高山と伊勢で集いの会が開かれ、参加させて頂きました。
高山では、今期三回目という寒気と雪の中にもかかわらず、親神様や沢山の神々様にもお会いできまして、多くのありがたいお話しや叱咤激励も賜りました。

御出になる神々様がみな、今宵の直会が楽しみじゃ、楽しみじゃと口を揃えて仰るので、顔が硬直し少しビビッていましたが、直会では何とも素晴らしい今迄聞いた事も見た事も無い、神様だけが使用できるという秘技をご披露戴きました。
聞いているだけで、あらゆる次元に届くが如く拡がりを感じながら感動して心が洗われる様な体験をさせて頂きました。

また高山から伊勢へと参拝の御許しも賜り、伊勢の夜も直会が開かれました。高山の直会で披露された秘技も再度拝見させて戴き、やはり凄いパワーと隅々まで拡がって行くような、そんなイメージがありました。
神々だけが使えるもので、決して真似をしてはならぬと仰せでした。
貴重なものを御見せ戴き、神に、神に、ありがとうございました。

伊勢神宮へは、参拝する前に、二見が浦にある二見興玉神社へ参り、古来より伊勢神宮をお詣りする際は二見が浦で身を清めたと言いますので、その後下宮、本宮へと参りました。
二見が浦では、海沿いという事もあり、季節的に冷たい風が吹いていて私の関節も悲鳴を上げ始めましたので、伊勢神宮に行く前に、旅館に帰りチェックアウトまでの少しの間、腰を下ろし小休憩を取りました。

下宮での参拝が終わり、本宮へ行く道中、駐車場までの渋滞時間もありがたく、きっとこの時間帯も自分の関節や体調の具合を少しでも回復させる為に用意して下さったんだろうなあと、感謝しました。

本宮では、会員の皆さんが私の身体を気遣い、時折自分の方へ目を配り状態を確認していました。本宮の隅々までの参拝こそ出来ませんでしたが、やり遂げたという何かしらの達成感があり、今度は元気になって来たいなと思いました。

今回の長い道中の中で、自分の身体に関する話が一つあったので書かせて頂きたいと思います。会員と色んな話をするうちに、我が家のお墓の話しになり、十一年前に他界した兄はそこのお墓に入っているのかと聞かれました。
実は、兄は実家のそばにあるお寺の納骨堂に入っていて、母と兄嫁が話をし最も訪れやすい場所という理由で、納骨されています。

私自身、骨には執着がある以外誰も居ないという認識が以前からあり、亡くなった直後に某会の人からお兄さんは今修行に励んでいますよと、聞いた事もあり、骨には何もついていないと思い込み、兄の納骨の件は、母と兄嫁に任せていていました。

道中の話しに戻りますが、会員からは○○家の長男なのだから、○○家の墓に入るのは当たり前の事ではないのかと言われましたが、その時に考えを巡らせていたのは、母と父方の親兄弟との仲や色んな事を任せっきりになっていて、自分が跡取りという感覚をしっかりと根付かせてはいなかったなと気付かされました。
会員からは、納骨堂とお墓へ分骨したら良いんじゃないかと言われ、その話をし出した神様より、貴方の代できちんとしなさい、と仰せになられました。

正月に両親に話し、来年一月一杯位できちんとしたいと思います。
と答えたら、貴方の今の身体の状態もそこが関係していますよ、と仰せになられました。
会員曰く、全ての原因では無いかも知れないが、きちんとすべきではないかと。

この話のやり取りを知らなかった会員に、こういう話しがあって兄の骨を分骨する事にしたんですと言うと、その会員から、こう言われました。
お兄さんの執着がそこの骨にあるから動けないだけでしょ?執着を無くして神様に祈ればどこへでもお兄さん行ける様になるのではないの?

本人が自分が残したものという認識を改める必要があるのではないかと思いました。
身の周りの全ては神様から与えられているものであり、生きている人間だった時に幸せを感じる為に用意して下さった妻や子供、そして環境です。
でも肉体を無くしたら、人間だった時の名前など必要の無い世界、神様からくだされる意図を繋げていく役目を担う事だと思います、生まれた所に戻ることとは神の世界に帰ること。肉体を無くしたら神の世界に帰ることなのです。

自分の周りの環境も物質的に何かを動かさなければいけない事は、人間にしか出来ないですが、何をどう動かすかを神様から聞かせて戴けるのは、極僅かな者だけなのだと、とてもありがたく、現在の環境に感謝致しております。

この件に関しては、またご報告させて頂きたいなと思っています。

今回の集いの会は、大収穫の集いの会でありました。
神様からこれまでは、そなた達に期待などしておらぬと何度も何度も仰せでしたが、今回の集いの会で仰せになられた事は、ご期待して戴いているからこそ仰られたのではないかと思う事柄がとても多く感じられ、身の引き締まる思いでありました。

余談ですが、源泉かけ流しのいいお湯に浸かっている時に、いそいそと周りの雪をかき集め、人に投げつけている人がいましたね、その雪は鑑賞するものでかき集めて丸めて投げるもんじゃありませんよ。しかもニヤニヤしながら投げない様に。

来年は今年よりも色んな事が起こるでしょう。
一日でも早く、氏神様の元に参られ、神様との繋がりを持たせて戴ける人へとなれる様に、多くの方が行動される事を願っています。
 

高山集いの会を終えて

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2018年12月12日(水)11時06分39秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  こんにちは愉人です、高山での集いの会に参加させて頂きました。
集いの会の内容も心に響く事柄が多くありましたが、今回感じた神社の違い体感したことを書かして頂きました。

12月8.9.10日に年末恒例の高山での集いの会に行ってまいりました。
今回は高山からの帰りに、伊勢に一泊して伊勢神宮にも行くことになりました。
都合3日かけての集いの会になりました。

高山では親神様の神社だけでなく、数カ所の神社にも挨拶に行くことが出来ました、その中で私が希望した2カ所の神社にも行かして戴けました。

伊勢でも神宮の外宮・内宮の他に数カ所、回らせて戴きましたが、高山での神社参拝と伊勢での参拝とでは、何か本質的な雰囲気、空気からして違うものを感じました、感じたと言うより体感したと言えるぐらいに、心に響く感性ではなく、物理的に匹敵出来る程の差を感じました。

高山では雪の降り始めに合い、白く浄め始まるが如くの空気が漂い、神様の皆様方が大手を振って、我々を、お迎えくださっているのを感じる位の雰囲気がありました。

神社に行けば荘厳さを感じます、伊勢の神社の大きさには較べようも有りませんが、存在感と空間を圧迫している迫力の強さ凄さを感じましたが、伊勢の神社では建物の壮大さ美しさには凄いものがありましたが、目に見えない荘厳さ迫力が感じられませんでした。
神々は居られると思いますが、高山のように出迎えて戴くという空気ではなく、伊勢では神々が空高く上から見下ろしているだけという感じがしました。

伊勢で思った事は此処、伊勢神宮は宗教であり、お参りに行くのも宗教活動の一つでしかないような状態。

本来、神々の皆様に御守護の御礼あいさつに行き、神の皆様と繋がりを保つが如くの幸せな時を過ごす時間、空間が、神社に挨拶に行く意義であり姿だと思うのです。

人間を集め権力を求め欲得を集めんが為の活動が宗教であり、伊勢を筆頭に観光地化している神社の神々は、何を思い、何を見ておられるのか創造できません。
宗教ではなく、人間本来の神様との関係、恐れ多い言葉ではありますが、神々との付き合い方を、考え直さなければならない時が来ています。

なぜならば、私達は2泊した各旅館で2回直会を行い、その都度神々の出席も戴き、叱咤激励されながらも、我々人間に対してお付き合い下さいました。
これは、これからの時代の、お付き合いの一つの形で有ります。

氏神様に挨拶に行く、御礼を言う、その時に背筋に何か通った感じ、温ったかいものが走ったとか、その時、氏神様からのメッセージを戴いているのでないのですか、そんな事柄一つから氏神様、神々との繋がりが出来るのでないのですか。
まずは氏神様への挨拶が大切ですよ。

もうすぐ新年を迎えますが、初詣に出かける時には氏神様に挨拶してから他の神社に参りましょう。
いつも傍で御守り戴ける神様と観光地化した神社で、神々が空高く上から見下ろしているだけの神様、どちらの神様との繋がりが大事か、すぐにお解かりだと思いますが、氏神様には、ご挨拶に行かれますよう、お薦めいたします。
来る年も何が起こるか分からない世の中になると思いますので何卒、氏神様との繋がりをお持ちください。

今回の集いの会では信仰、神を崇め奉ると言う事の思いと、宗教とは違うと言う事を特に実感した集いの会でした。

 

祈りのコツ

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年12月 2日(日)11時37分48秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
十二月に入り寒くなるどころか、日中汗ばむ気候で今年はやはり暖冬の様ですね。昨日は十二月一日月初めでしたが、氏神様の所へはご挨拶に行かれましたか?今年最後の月ですよ、是非神社へ足を運ばれてみて下さい、清々しい気持ちになりますよ。

今日は、年末年始に神社や色んな場所で祈りやご挨拶を行なう機会が増える時期でしょうから、それに合わせて祈りのコツというお題目で話を進めていきたいと思います。
皆様は神社や自宅の神棚又はお仏壇を前に、手を合わせてどの様に祈っておられるのでしょうか。当HPにも祈りの言葉は掲載しておりますが、ただ単に言葉を覚えて復唱するだけでは、とても勿体ない事だと思います。なぜなら当HPに掲載している祈りの言葉は、発する方の思いによっては、神ノ大元ノ大神様から連綿と続く神々様まで思いが通る言葉だからです。

ではこれから私が日頃どの様に行っているのか、書いてみたいと思います。
当会のご神示で、御使いの神々様から仰られた言葉に、神様の御前ではひざまずき、深く、深く、頭を下げようぞ、思いを、思いを深く、深く告げようぞ、邪神な思いは届かぬと思え。とあります。

このご神示により、まずひざまずきます。そして手のひらを床に置いて頭を深く、深くお下げします。この時に、神ノ大元ノ大神様のイメージをします。自分を包み込み宇宙から地球から全ての広い広い世界を思い浮かべます。
そして神々の世界を思い浮かべます。神々の世界は、あくまでも想像ですが、私の場合は物凄い分厚い層に神々様がいらっしゃり、でかい丸い世界を想像します。そしてそこから無数に伸びるものがあり、無数に伸びるものから自分が繋がっていると想像します。

そして、告げたい思いがある場合には、それを御伝えします。
予め、どういう風にお伝えしようか考えておいた方が良いかも知れません。

普段の祈りならば、イメージを想像して心静かにします。

今は、言葉にしていますので、ゆっくり時間を掛けて想像している様に感じるかも知れませんが、この想像は、日頃祈る時には書いている内容を一瞬で、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている神々様が居られ、ご先祖が居られ自分まで続いていると想像しています。
最初はゆっくりでも良いと思いますので、私の想像を参考にしてみて下さい。

私のこの想像は、神社であれ、神棚であれ行わせて頂いております。
そうする事で、私には御使いの神々様からのお返事が戴けております。
お返事と言いましても、具体的な言葉は全く分かりません。宜しいでしょうか?という問いに対して、自分が頷いて、良いという返答だと感じているものです。

祈り方なんて好き好きでやれば良いじゃないかと思われるかも知れませんが、当HPに掲載している方法は神様から直々に、この様に祈りなさいと戴いた世界中ここにしかない祈り方です。それを実践するかしないかだけのお話ですから、やるかやらないかはご自分で判断なされて下さい。

祈りが通じて初めて、神々と集い合う世界に近づきます。
祈りが通じなければ、祈っても意味が無いという事です。

祈りが通じるとどうなるのか、少し話しますと、自分が行う行動や何かを選ぶものを神々様が自然と誘導して下さり、きめ細やかな仕組を起こして下さいます。
周りの環境が変わっていきます。これは、以前掲示板にも書かせて頂きましたが、今の自分の就職先にしてもそうです。

一年半病気で療養していた者が、体調が戻っていき、フッとある社長さんに電話を掛けると、とんとん拍子に話が進んでいってその会社に入社する事になり、仕事環境がとても良いところに身を置ける様になった事。
こられの事は、日頃神様に祈りが通じる祈り方を続けてきた事が大きな要因だと思います。誰にも起こり得る事なんですね、きちんと祈りの言葉を言って、自分なりに想像を行ない、本当に自分の存在というものが神様から連綿と続いている有難い存在なのだと思う事が大切で重要だと思います。

祈りのコツとは、素直に実践した者には、自然に身に着けられるものだと思っています。
多くの方々が実践する事を願っています。
体験談も募集しますので、実践してどうだったのか教えて下さいね。

この記事を読まれ何か感じた方、又はご意見感想等お待ちしております。


また何かありましたら書かせて頂きます。
 

人間に与える影響

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年11月25日(日)11時18分29秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
三連休の方もいらっしゃると思いますが、今年も残り一ヵ月となって参りました。今年は、神社への参拝があまり出来なかったという方々は、是非来年からは、初詣だけでは無く、月初めのご挨拶も行かれてみてはいかがでしょうか。

今日は、人間に与える影響というお題目で話を進めていきたいと思います。
先日ニュースでインドネシア沿岸にクジラが打ち上げられており、胃の中から6kg程のプラスチックゴミが見付かったと報じられていました。死因は分からないとの事でしたが、このニュースを見た時にとても悲しい気持ちになり心を打たれたのを覚えています。

クジラや海洋生物の殆どは、人間の様にこれは食べられる物、これは食べられない物という風に選別は出来ません。海に漂っている物の中に身体に害を及ぼすものがあるなどと思ってもいない事でしょう。
どこかのコーヒー店では、ストローをプラスチック製から紙製に変えていっており、少しの人間の意識からこられの事は防げるのではないかと進めているのではないかと思います。

しかしながら、世界で輸出入がこれだけ頻繁に行われていて、各国に大量の物流が大量に流れ流されている今、輸出したものの処分法について先進国がやはり先頭になりゴミのリサイクル方や分別の方法についても同時に行って行くべきではないかと感じます。

地球の海洋と陸の割合は概ね、7:3と言われており、海が大半を占めています。その大切な海に暮らす様々な生物は、人間が排出した汚染物質にさらされている訳ですが、実は汚染物質を体内に入れた魚を我々は食している可能性があるんです。目に見えない程のプラスチック片なら、魚を食べる人であれば、既に自分の体内にプラスチック片を入れてしまった方々もいるかも知れません。

以前もお話ししましたが、人間が暮らす上で便利と思い開発されたものにより、巡り巡って人間が苦しむ事、これらの事柄は世の中本当に多いと思います。自分さえ良ければ良いという考えでは、この先立ち行かなくなる事でしょう。
私達人間は、全員が地球で育ったものの恩恵で生かされていて、美味しいと感じる味覚を持ち合わせ、沢山の素晴らしい食物が開発されました。

人間にとって必要な物は全て神々様がご用意なさり、それを改良・開発して来たのが人間ですが、人間の中にも神々様が入っているので、自然界の神々と人間の中に入っている神々とが考えて、色々な物が想像されました。
それが人間の中にある我欲で暴走し只々人間にとって便利という事で、物事が進んで行き、神々が手を入れなくなった事により色んな民族問題や食の問題、汚染が進行しているのではないかと思われます。
これから出て来るであろう、色んな問題により人間に与える影響は計り知れません。

これらを回避する術は、神々と手と手を繋ぎ、暮らす事だと考えています。人間として本当に素晴らしい暮らしやすい世界になるのではないでしょうか。当HPで掲げている神々と集い合う世界が叶う訳です。
その為には、再三お話ししておりますが、一人一人が目覚めなければなりません。
人間だけでは既に解決できない所まで来ていると思っているのですが、いかが思われますでしょうか。

海洋汚染にしろ土壌汚染にしろ原発の放射能漏れにしろ、地球にもたらされている問題は山積しています。

今こそ、神社へ行き、一人一人が氏神様に感謝する生活を送っていき、一人一人が浄化の礎になる事を望んでおられるのではないでしょうか。
神々と集い合う世界を構築する事が最も重要な事だと思います。

この記事を読まれ何か感じた方、又はご意見感想等お待ちしております。


また何かありましたら書かせて頂きます。
 

神様から与えられた空間

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年11月18日(日)10時33分9秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
今年は気候の具合から山々の紅葉が遅れているそうです。これから紅葉を見に行かれるならば、その近くの神社に行き、見に来させて頂きましたとご挨拶に行かれたらいかがでしょうか。ご自分の住む氏神様に事前にご報告を行えば、更に歓迎して下さいますよ。

今日は、先週体験した神様から与えられた空間というお題目で話を進めていきたいと思います。
先週の日曜日から火曜日まで、会社の研修で京都に行っていました。
行く数日前、会員の一人が京都ならどこかで会えるかもという連絡が入っていましたので、どこら辺で合流出来るか考えてみました。

会社全員の多数決で決まった観光場所に、伏見稲荷大社がありましたので、そこで待ち合わせる事にしました。当日、研修はとても順調に会社が決めた順路を巡り、いよいよ次は伏見稲荷大社になった時でした、あまりにも順調だった事もあり、旅行幹事の発案で次の順路である伏見稲荷大社で時間調整を取って、多めに滞在してはどうかとありました。

それを聞いた会社の代表は、伏見稲荷大社はお参りをしたら終わりなのだから、その次に行く予定の見学先を多めに取ったほうが良いのではないのかと、反論がありました。すると、その意見に対し、専務や周りの上司が今はシーズンで人が多く、中々前にも進めないので、時間は結構掛かると思いますよと、話したところ、渋々代表も意見を引っ込めました。

予定の滞在では、14:40~15:30でしたのが、実際は14:50~16:00までとなり、約20分程の余裕が出来ました。皆着くや否やバラバラの行動となり、それぞれが参拝する事になりました。とにかく凄い観光客のバスやら人やらで、交通マヒの状態の中私は、てくてく一人で進んで行き会員の方とどこで合流出来るかと思っていました。会員からは既に到着したというお知らせが届いていたからです。

手水屋の付近まで来ました、お参りの前に用を足しておこうと付近の公衆トイレに入りました。手を拭きながら出口から出ると、真直ぐ正面の15メートル先に会員を発見したんです、びっくりしながらも近づき会える事が叶いました。
今年の3月振りなので8か月振りの再会です。

一緒に伏見稲荷大社にご挨拶をしました。とても歓迎しているとの反応があったそうです。その後、お茶でもしようと、付近の喫茶店に行ってみましたが閉店していましたので、販売機の飲み物を片手に、会員の車中で色々と話す事にしました。
今回、なぜ京都に足を踏み入れたのか、その理由と、会員と会えたのか、その理由について、御使いの神様に伺う事が出来ました。

とても有難いお話を賜り、自分が行ってきた事は間違いでは無かったと気付かせて頂きました。色々と話を進めて行くうちに気付いたのですが、カミアマネシモノの会の集いの会を行う為に出会いが出来ていたのだと。
そしてこれは、本当に二人ともにびっくりした事ですが、とても長い時間話をしていた様に思い、フッと時間を見るのですが、さっきから時間が動ていないぞと共に思っていました。話ながら何度も車内時計を見ますが時間が止まっている様に感じます。とても不思議な感覚でした。そして気が付いたのは、正にそここそ、神様から与えられた空間であり、集いの会を行う時間を沢山取って戴いたのではないかと思いました。

会員の方は、仕事の休みが固定されておらずいつもは月曜日の休みが多いのですが、その日に限り、日曜日が休みだった事と自分の研修日程で日曜日が伏見稲荷大社だった事、会社の代表が幹事の発案を却下出来なかった事も、自分が会社の誰かと一緒では無く、一人で伏見稲荷大社に行った事も、さかのぼれば、会社の多数決で伏見稲荷大社に行く事になった事も全て、神様が私と会員を会わせ集いの会を開かせる為に仕組まれた事に気付かせて頂きました。

本当にきめ細やかな御仕組を賜り、有難い御言葉も賜り、ありがとうございました。
来月は今年最後の高山集いの会が開催されます。
親神様や神々の皆様とお会い出来ます事楽しみでございます。

この度は貴重な体験をさせて戴きまして、神に、神に、ありがとうございました。


また何かありましたら書かせて頂きます。
 

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