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心の有り方

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 4月 1日(木)20時51分52秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、4月です、新しい月に成りましたね、氏神様には、挨拶に行かれましたか。

皆さん、前回の続きで、会員の方と話をした時の内容を掲載させて頂きます。


今日ね、大阪の成田山に行って来ました。

あぁ、神社仏閣巡りですか。
不動明王?

そうそう、久し振りに休みを貰って成田山行って来ました。
まあ、あそこは、お年寄りも居るし、凄く若い子が多かったのよね、土曜日だし物凄く人が多くて、で、感じたのがね、この人達、ここに何をしに来ているのかなってね。
まあ普段でも、お賽銭投げて帰る人も居るし、祈祷も何回かやるし。

不動明王って言ったらお寺、仏教のほうでしょう。

仏教って決めたのは、そういう人達が勝手に決めた訳でしょ?

御祓いとかって言うから神社かなって一瞬フッと思った訳ですよ。

御祓いもしますよ。

なら神社なの?不動明王って。
お寺やろ?違うの?成田山って、お寺と思っていたんですけど。

お寺と神と両方入って居るのでは無いんですか、あそこは。

そんな事、言われても何とも言えないよ、本来はそうだとは思うけれど、営業的には寺か神社か分けてるんじゃない?

いや寺やったら鐘撞堂も在るし、でも鐘撞堂は無いけれど、あそこには四国八十八か所の、あれも、お祀りしてるし。

四国八十八か所って言ったらあれでしょ、空海のあれでしょ?

そうそう、いやでも、起源は弘法大師、鑑真が来て不動明王が出て来たっていうね、そう言う、あれがあるんで。

密教、仏教ですよね?

でも僕は永大供養の御位牌を祀っている様な所に、きちんと、しめ縄を置いてあるし、あそこはね。
だから要は、神仏も神も仏も神と崇めていると言う事やね、崇めているんじゃなくて神の存在をね。

解らんなホントに、と、言う事はインド仏教みたいなものか。

だから何て言うの、願うって事よね、あそこは、お願いをするって言うか、そこにお坊さんたち、僧侶、僧侶と言うのかな、あそこ、例えばホラ貝吹いて。

一応、仏教系の中に於いても中国から渡って来た仏教は神様を否定しているけれど、インドから発祥している所の仏教は、神を崇めている所も多いからね。

だから不動明王、成田山も、ヤッパリ神として崇めていると思うんですよね。

お坊さんが神として崇めていると言う考え方で良いのかな。

そう思うんですよね、成田山というのは全国に在りますよね、で、大阪の成田山は千葉の成田山かな

確か関東が本場やと思いますけど。

だから成田山という意味合いは別々だよな、だから稲荷もそうでしょ、伏見稲荷とか岡山の西城稲荷とか色々在りますよね、だからそこに、神社も、そうなんだけど色んな神様をお祀りしていますよね、天満宮さんとか八幡宮とか、だから訳が解らないよね、一つは。
只、僕の中では、分け隔て、分け隔てって言ったら、おかしいけれど、神の中心になった人達と成田山と言うのは、不動明王という御祭神の中で、又、役割が違う、各神々様。
神ノ大元ノ大神様、各神々様、そこに入る神々様じゃないかなと思うんですよ、各神々様と言う定義は。
だから、神ノ大元ノ大神様、各神々様、この定義からすれば、各神々と言うのは、全世界の神々をあらわすって事ですよね。

だから私自身が今、感じているのは、各神社、各寺で名前が付いているけれどそれはただの呼び名であって、御役と言うか行っている事は、人間が決め付けた御役では無い事を、行っているのが、今の現代で有ると言う認識が有るんですよ。

それは当たり前の事じゃないですか、人間が神の事を決められる訳でも無いし。

だから不動明王って言ったら元々人間が破邪の神とかね、災いを咎めるとか止めるとかって言う様な神様で有る、と、言う定義を人間が作ってしまっている訳ですよ、でも実際的に不動明王という呼び名で有って、行っている事は違う御役の仕事をしているのでは無いのかなと思っている訳です。

人間としてまず、何々をしなさいよ、どこそこへ行きなさいよって我々は提案しているんだけど、そこに1つ、言葉を付け加えなければ、ならない事が有るんですよ。
まず我々は氏神様に行きなさいよ、とか言っていますよね。
それを、皆様が本当に心の中から、お会い出来る所に行って下さいねって言う言葉。

心の中から?

だから波長が合う、これを言ったら、又、宗教みたいになるけれど。

貴方が行き易く、心が安らぎを感じる所という意味合いじゃ、拙いんかな?

イヤイヤ、それで良いと思うよ。

形だけ、みたいな言葉になってしまうけれど、貴方自身が心休まる所であれば、氏神様としてお詣りに行ったら宜しいと言う言い方も逃げ口上としてあるんですけど。

だから、お詣りに行くんじゃ無くて。

挨拶に行く。

だから挨拶という言葉も重いのよね実際はね、合わせると言うか、だから挨拶じゃないのよね、挨拶って言ったら毎日やらないといけないから。

そうですよ、毎日やらないといけませんよ、それは、神様に対する挨拶は大切ですよ。

だから人々にね、我々だったらそうかも知れないけど、人々に伝えて行こうと思ったら、今の、この世の中、そこに行った所で、貴方の心が神様とか仏様に合うと言うか、貴方の心が、そこに入り込むような場所を探して下さいとか、探して下さいは、おかしいのだけど、そこに、貴方の思いが届けられるような所に行かれては如何でしょうかと。
只、単にお詣りするのは、どこの場所でも良いですよって、本当に貴方が思う事、貴方が本当に願う事になれば、貴方の波長が合う所に行って、深く深く頭を下げて思いを伝えてみては如何ですかって。

心が入り込むなあ?うーん、難しいな。

難しいですよ、皆さんみたいに、きちんとそれを出来る人達って言うのは、中々居ませんからね、それを人に伝えるって事は難しいですよ、でも、これをやらないと、乗り越えられないんですよ、我々は。

何から?何から乗り越えないといけないのですか?
全然知らされておりません。

そんなに簡単に教えてくれませんよ。

でも、今言われた事、貴方の波長が合う事に通じる言葉やなと思っただけで、一般の人には相当遠いと思って。

だからそうなんですよ、貴方がたは、簡単に、波長が合せられます、目の前に居るんですから、けど、普通の人が、それをやろうと思たって出来ない事なんですよ。

なぜ?って、そこには守護してくれる方々が、ちゃんと、いらっしゃるからです。

この思いを伝える事って、簡単じゃないですよ、簡単であれば、どんな世界に於いても受け入れて貰えます、けど受け入れて貰えないと言う事は、どう言う事かって事なんです。それをあくまでも敢えて発信しようというのが、神の世界の事なんです、残さなければならないと、この時代にね、残して行こう。
なぜか、入れ替わりが起るかも知れない、これは僕も分からない、教えて貰ってないから、けど伝えて行かなければ、いけない事は、確か。

神様との接し方と言うか、心の持ち方、感じ方、満足感、全ての感情、神様に対しての心の有り方を、問われているのが現在の人間の姿でしょう。
皆さん、神様に逢いに行きましょう。

 

身体の中の神

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2021年 3月20日(土)11時40分23秒 i220-220-212-160.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  以前から人間の身体の中には神がいると伝えて来ましたけれど、コロナによってその事が非常に分かり易くなって来たのではないかと思います。

人間の身体の中には細胞が60兆個あり、日々の暮らしの中においてある一定期間の役割を終えた細胞は消えていき、新たな細胞が生まれていく、この繰り返しによって人間の健康から生命維持までなされていると言われています。

この細胞一つ一つの中には、神がおられ、人間の身体のあらゆる働きを司っているのです。
では、細胞の中におられる神の働きは、誰が司っているのでしょうか。
まず、自然界におられる神々、御祭神、御祭神を司る神々という風に沢山の繋がりの元に人間は存在しているのです。

以前投稿した記事で、御祭神の役目は、人間がオギャーと生まれて死ぬまでを守護して下さっていると書きましたが覚えておられでしょうか。
人間の身体の中の細胞一つ一つの神と、御祭神が繋がっているという意味だったんですね。

初詣や日頃神社に行く方で、健全な暮らしをしている人達であれば、身体の中の神も、日々細胞が活性化され健康が保たれているものです。
それが神社にも行かず、日々の感謝も何もしない自分勝手に生きている人の場合、どうなるのでしょうか。
段々と身体の中の細胞に滞りが発生し、活性しなくなる、そして身体のどこかで致命的な病気に罹る可能性だってある訳です。
そうなってしまった人の身体にコロナの様なウィルスが入るとどうなるのでしょうか。
そんな事は書かなくても分かりますよね。

その様な事にならないように、する事が肝要です。
人間は、細胞の働きである神の働きが無ければ生きてはいけないのです。

神との繋がりは、書きました通り、自分の身体中にある細胞、即ち神との繋がりだった訳です。
まだ、間に合います。
自分がホッとするような神社、行ってみたいなと思う神社に足を運ばれて、神様に会いに行ってみてください。
 

神様の制約

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 3月11日(木)21時58分35秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、前回の続きで会員の方と話をした時の内容を掲載させて頂きます。

伺いますが、神様が作っている仕組みの中に於いて死ぬ様な原因が、そこに発生しているから死んで行っているだけでしょ。

そう、例えば交通事故もそうでしょね。

だから交通事故に、したって結局その場に居合わせるから遭うのであって、チョッとした神様の仕組で入れ違いが、あったら事故は起きない訳ですからね。

だから例えば最近よく頻繁に火災で亡くなっている人が居ますよね?
これも何やろうなって思いますよね、よく眠らされている、気が付かない中に起る。
これは、どうなんでしょうね。
だから人間と言うのは、人間と言う事じゃ無くて神って言うのは、ああ、どう表現すれば良いのかな。

今の、その中であった、眠らされている中に於いて。
死んだ人間の恨みが、生きている人間に対して、そう言う災いと言う事を起こす事が、有るのかどうかですよね?

災いというのは。

災いと言うか、そう言う仕返しと言うか復讐と言う事が有るのか。

では、不幸になるというか不幸に見舞われる方々と言うのは、どうなんでしょうか、自ら命を絶つという方々とこれはどうなんですか?
災いを受ける、じゃあ交通事故で亡くなる、じゃあ何かが原因で火事になって焼け死ぬ、じゃあ紛争で死にたくは無いんだけど戦場に行って死ぬ、敵の弾に当たって死ぬ、人に殺される、自分に殺される、色んな要素がありますよね。

だから色んな要素が在る中で恨みを持った死んだ人が、その要素を活動させていると言う事が有るのですか。

もしあるとすれば、戦争というか何千年前からそういう人間同士の戦っていうのはあったんだと思うんだ。

何千年以内だったら幾らでも有る。

でも、なぜ、それが起きるのかって事、一番知りたいのは、例えば神同士の喧嘩の中で、それが起きるのかとか、神の世界でこう言う事が起きるから、その影響が人間社会に及ぼしているのかとか、色んな要素が有ると思う、けど実際はどうなんだろうと。
まず人間を考えてみよう、我々を考えてみよう、我々というのは物心付いて、まあ色んな事を覚えて来るわな、覚えて来る中で、例えば、こけた、あ、痛いって感じるわな、じゃあ殴られた、痛いって感じるわな、殴られた時に何が浮かぶ?

色々やな、恐怖が浮かぶ時も有るし、怒りが浮かぶ時も有るし、それは対、相手と言うか、その状況によって変わって来るな。

これが人間社会やな。

うん、やっぱり、より大きな暴力と言うか力が目の前にあって殴られているんだったら恐怖が来るし、自分よりも弱い奴が殴りに掛かって来ているのであれば、こん畜生で殴り返してしまうわな、それは何とも状況によってでしか説明出来ないとしか答えられないよ。

物事が起きればね、では物事が起きなければ?

起きなければ、それは自分の感情。

感情の中で過ごしているわな、ただ自分の感情の中で過ごしているから今は平和だよな、平和というか何も無いよね?

まぁ、自分の思い通りになっていると言う事だからね。

そう言う事やね、日常と言うのは、まず、そう言う事だよね、その中で、じゃあ会社に行った、複数の人達と絡み合う、その中で自分が合わないとか合うとか、色々な事が起きて、そこである程度の時間を過ごす、過ごすと言ったら、おかしいんだけど、そこをやり過ごせば、次に自分の時間が出来る、そこでどう言う風にするか、例えば自分の発散で言えば、お酒を飲みに行くとか、釣りに行く、まぁパチンコに行くとか、今の現代で言うストレスという言葉じゃなくて、別に誰に教わった事も無いよね、自分が逃げて行く、逃げたいから、そういう風にするよね、忘れたいから、でも忘れられないのよね人間と言うのは。
その言う中でも、何時も冷静に居られるのが人間やね。

何時もかな?

だから冷静に居られるから平和、今が在るんでしょ?

いや、でも、完璧に冷静ではないと思いますよ。
ああ、全てはね、全ては冷静じゃ無いけど、何か事を起こすって言う物事が働かないわな。
働こうと思ってもそこでストップが掛かるわな

うん、制約がある限りわね。

制約が在るんですよね、これは、その制約って言うのは、神の世界の神が人間にストップを掛けているんだよね、そうでないと人間の感情で走れば、この世の中紛争の世界になってしまうよね。

だから人間が人間同士で制約を掛けていると思ってたんですよ、神が作って掛けているとは思って無かった。人間が人間の対個人に対する利益とか、そう言うもので考えて行って、対、人間に対する制約を作って、いたんだと思って、いたから。

だから神様が人間を作った時に、どう言う風に行動するかって言うのは、神様としては作る事は出来たとしても、それをコントロールする事は出来なかったと思うのよ、その歴史の中でね、個人の見解ですよこれは。

だから考えてみて下さい、どのくらいの時期に人間が出来たのか分からないし、自分が人間として生まれたのが50年前か60年前かに、生まれました、物心付きました、けど、人間って何って事は学んでませんよね?

学んでないですね。

親から教えられても無いし、で歴史からも教えられて無いし、真の歴史はね。
だから人間と言うのは何ですか、争いをして、その繰り返しをしてた、ただ昭和20年以降、昭和20年か、それをもって、争い戦争が無くなったと、日本の国においてはね、昭和20年、そこで正式に終わってしまったと言う事やね、人間が争いを好むっていうのはね。

好む云々じゃ無しに、うーん、終わっているからね日本が戦争をするのは。

仕掛ける事も、もう無いと思うんだけど

争いが起きる可能性は十二分に有ると思います。

いやそれは本土を守るとかわね、それは争いじゃない。

うん?

只、そこに辿り着くまでの年月って言うのは凄く掛かっている訳ですよ。

つまり今言おうとしているのは、防衛と戦争は違うという事?

そう言う事、あの勘違いしてはいけないのは、戦う為に守る為にと言う大義名分の言葉の説明は、神の動きがある訳ですよ。

え、何?

神の動きが有る。

防衛は?

そう、だから日本と言うのは、そもそも資源が無い国っていう事で位置付けられてしまっていたけれど、これは別に仲良くしていれば争う事も無い訳ですよ。

まぁ、ね、物々交換が上手い事、行けば良い訳やから。

それが貿易です、だから鎖国をしてきたと言う日本の歴史が有る。

まあホントの鎖国の意味って言うのは色々有るけどね。

でも本来の、もしどこかで仲良く貿易をやっていれば戦う事も無いし、ただ欲は無くなるわな、欲って言うものは無くなるけれど、そこにまぁ欲を出して戦って、負けて、その復興の中で本当に十年かそこら辺で出来た日本と言うのは、まず神の力と言うか、日本人のその、ねえ。

いや、その戦争にしたって、日本が欲を出して戦争した訳じゃないからね、防衛の為に第二次世界大戦に参加した訳やからね。

でもその中には、やはり、石油と言う、一つの資源と言うものを、やはり答えがあった訳ですよ。

石油が無いと何も出来なくなるからじゃないですか。

だから、それに依存してたと言う事、そこに依存してしまった現状の世界、で、今元帰りしようとしている訳よね、火の光、またこんな言い方したら宗教みたいに思われたら、いかんのんやけれど、元々在るもの、だから、どう言うのかな、元に戻りましょうって事なのよ、どう説明したら良いのかな。

その元という、元の説明が出来ないから難しいですよ、元が何かが分からないから

帰りましょうよって事よね。

だから何処へ帰るのかって言う目的が出て無いです。

元と言う目的が無い訳ですよ。

目的な、難しいね、我々には有るけれどね、神ノ大元ノ大神様の元へ帰るというのが我々の目的であって、神ノ大元ノ大神様の、この伝えと言うのは、やはり後世に残していく、だから書いていた通り、今迄、守ってくれた、ご先祖様達のきちんとした言葉、そしてそこに残してくれたもの、そう言うものを、もう一度見直しなさいと、うーん、核心に迫って来たら物凄い表現というのは難しいけど、言葉に出すというのは難しいけれど、皆さんが書いてくれた通り、今もコロナの中で生活も出来ない人達っていうのは一杯増えて来ているんだけど、でも、この人達をどうしよう、ああしようと言うのは、我々にとっては、只、一つ言える事、その人がそう言う状況になった時に、どれだけ強く前に生きられるかって事よね。

本当に、その人間として生きる意義というか、意味というものを掴めるかどうかって事ですよね。
只、快楽を求める、楽しさを求めるだけで生きて居るので在れば、今のコロナに罹ったら最悪の事になりますね。

いや、だから、そうなのよ、だから今、何が起きているのかって言うのは、そこを正しなさいよって事ですよね。


神様からの人間に対しての思いは、何処に有るのかを会員の方と話をした内容の一部です。
これからも、時々神様から示されている事を掲載して行きますのでお読み下さい。

前回にも書きましたが、何処の神社にでも挨拶に行かれても良いのです、心の中から、心がホッコリするような気持ちに成れる神社を見つけて、御祭神に合いに行かれる事を勧めます。

 

年配者

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 3月 2日(火)21時17分16秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、3月です、新しい月に成りましたね、氏神様には挨拶に行かれましたか。

コロナ禍の中、会員の方と話をした時の内容を掲載させて頂きます。

年配者が重症化する状態が目立っています。

昔なら年寄りは多少腐った物でも、食料の少ない時代を過ごして来たからと食べても大丈夫な方々が居られて、年寄りがよく味見をされて、これは大丈夫とか、これはあなた達には無理、お腹を壊すとか言われて、若者との生存能力に差を示していた年寄り達が、居られました。

今はコロナと言う自然界とは違う菌が命を、むしばんで来ています。

人間が、なぜ、ああも容易く、その細胞を止められるのか、不思議ですよね。
ある研究者の人は淘汰されるって書いてましたよね。

これも神々の仕組みなのか、新しい菌で侵される仕組みが来るような事を人類がして来た結果なのか、だから急に急変するというのは、別に、その何も、この世の中に於いて何も、おかしい事では無いんですよね、普通の出来事なんですよ。

だから神様が作っている仕組みの中に於いて死ぬ様な原因が、そこに発生しているから死んで、いっているだけでしょ要は。

例えば交通事故もそうでしょ。

だから交通事故にしたって結局その居合わせるから遭うのであって、ちょっとした神様の仕組で入れ違いが、あったら事故は起きない訳ですからね。

それと例えば最近よく頻繁に火災で亡くなっている人が居ますよね?

これも何やろうなと思いますよね、よく眠らされている、気が付かない中に起る。
これはどうなんでしょうね。

だから人間と言うのは、人間と言う事じゃ無くて神って言うのは、ああどう表現すれば良いのかな

その中であった、眠らされている中に於いて、その死んだ人間の恨みで生きている人間に対して、そう言う災いとかと言う事を起こす事が有るのか、どうかですよね?

災いと言うか、そう言う仕返しと言うか復讐と言うか。

では、不幸に、なると言うか不幸に見舞われる方々と言うのは、どうなんでしょうか、自ら命を絶つと言う方々と、これはどうなんですか?
災いを受ける、じゃあ交通事故で亡くなる、じゃあ何かが原因で火事になって焼け死ぬ、じゃあ紛争で死にたくないんだけど戦場に行って死ぬ、敵の弾に当たって死ぬ、人に殺される、自分に殺される、色んな要素がありますよね

だから色んな要素を恨みを持った死んだ人がその要素を活動させていると言う事が有るのか、どうかですよ。

昔の人からの言い伝えも神様の示された道、仕組みが有り全てが神様の示される道。

人に恨まれる事をして復讐をされるこれも道、仕組み。
されど相手に詫び、恨まれる事を解消すれば、復讐の仕組みは起きない。

全てに於いて道を作って下さり、仕組んでくださるのが神様。

決まって居るようで決まって居ない、その場で仕組みが変わる事も有る、人によって、良い悪いが、どちらかに有る。

人には、それぞれが有り、人それぞれが同じ事を体験して良く悪しが違う事が有るのが人間。

本当に、その人間として生きる意義というか、意味というものを掴めるかどうかって事ですよね。

只、快楽を求める、楽しさを求めるだけで生きているのであれば、今のコロナに罹ったら最悪の事に成りますね。

だからそこですよ、だから今、何が起きて、いるかって言うのは、そこを正しなさいよって事ですよね。

緊急事態宣言の中で、なぜ夜のお店を集中攻撃されてるのかって言う事ですよ。

要は今迄人間が、そこに快楽を求めていたと、じゃあ、なぜ、そう言う世界が切り捨てられようとしているのか。

やっぱり切り捨てですか、試しじゃ無しに

でしょうね、それでないと、此処まで、しないと思います。

もう二段三段ってどんどん試しが出て来ているからさ、アレとか思ってたんですわ、テスト1回かなと思ったら2回も3回も続いてテスト来てる、そんな雰囲気でしたから今。

それはもう、そう言う事なんでしょうね、だって必要無いんだもん。

だからね、何を求めて、例えば、まあまあ僕ら若い頃はずーっと飲み歩いたりとかしたけどね、この飲み屋に行くのがステータスとかさ、そういう高級な店で夜の遊びをしていましたよね。

自己満足というか楽しみが有ったからね、そこに。

だから、そう言うものは、もうこれから淘汰されて行くんでしょうねと言う事ですね。

まあ違う楽しみ方を会得しろと言う事だと思いますけどね。

そうそう、そこを分かるのが大変なんですよ。

神様からの人間に対しての思いは、何処に有るのかを会員の方と話をした内容の一部です。
これからも、時々神様から示されている事を掲載して行きますのでお読み下さい。

前回にも書きましたが、何処の神社にでも挨拶に行かれても良いのです、心の中から、心がホッコリするような気持ちに成れる神社を見つけて、御祭神に合いに行かれる事を勧めます。
 

お付き合い

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 2月 2日(火)10時44分41秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、2月、新しい月に成りましたね、氏神様には挨拶に行かれましたか。

コロナ禍の中、状況が変わり新型が次から次へと出て来ている今日です。

まだまだ人間に対して状況が悪化して行く、これは、神々の試しで有るのか、又、戒めで有るのか、神様の思いが解らない日々が続いて居ります。

日々の神様、神々様に対する、思い、感謝、挨拶等、人々が忘れている事が多い結果が、現れて来ているのでは無いかと私は思います、神様に対しての、当たり前の付き合いが出来ていない人、間違っている人々が居られるからでは無いでしょうか。

皆さんの中には、神社に中々行きにくい人も居られると思いますが、せめて一つ、好きな、気に入った、神社を持たれるのも良いのでは、ないかと思います。

何処の神社にでも挨拶に行かれても良いのですが。
でも、心の中から、心がホッコリするような気持ちに成れる神社を見つけて、御祭神に合いに行かれる事を勧めます。

氏神様に挨拶に行くのでは無く、神様に会いに行く感覚で行かれるのも良いのでは、ないでしょうか。

私は住んでいる所を守護して戴いて居る氏神と仕事場を守護して戴いて居る神社の神々に挨拶に行って居りますが、その他にも、気に入っている神社や、その都度、行く先々でも機会が有れば神社に挨拶しております。

お気に入りの神社を見つけに行くのも良いではないですか、きっと神様が待って居てくれますよ。
 

追悼の日

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 1月24日(日)22時08分36秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さま如何ですか、1.17、阪神淡路大震災の追悼の日が過ぎ、3.11、東日本大震災追悼の日が、又、来ます。
二つの災害も天災だとは言えますが、やはり半分は人災が関係しているのでは、ないかと思います。

例を取れば、阪神淡路大震災の神戸は、大昔海で有ったと言う伝えが残って居ます、それも何万年前では無く、何千年か前の風土記に記載されています。

その後、河川による堆積作用に、河川によって運搬された砕屑物(礫、砂、泥)等で平野が土地が形成された土地に成ります。

当然地盤が緩く、地面の奥深くまで、硬い岩盤まで基礎の杭を打ち込まねばビル等、建てれない状況で有るにも関わらず、岩盤に基礎の杭が届かない状態で建築された建物が多く有りました。
当然、大震災の揺れに耐えられずビル等の建物は倒れました。
人災ですね、平屋の古い家はあまり壊れなかったのですが、火事で焼けたのが多かったようです。

3.11、東日本大震災では津波で住居を流されました、これも人災も含まれて居ると思います。
この地では、古来より津波が幾度と有り、その災害事に此処まで水が来ていたと記した物、石碑等が有り、又、寺社等古くから在る所は、津波を避け、地盤の高い所に建てられております。

水難加護の神社まで建立されて居る等、津波による災害を避ける様に。
古の方々が教え残して来て戴いて居るのに、それを無視し、己の欲得から考え出した便利な低い土地に住み、古来から有る、しきたりを護らず、色々な建物を建てました。

これが言い伝えを守って高い所に住んで暮らして居れば、今回の震災被害はどれだけ防げたか解りません。

高い土地に住む事は不便利な事が多く経済活動も潤滑には動かないと思いますが、人間の欲得が先走る経済優先生活が正しいかを考え直す、指標的な災害だと思います。

災害の情報とかは、地方の風土記、又、皆様が暮らす地域の神社やお寺に保管されている事が多いと思います。

日々、神様への感謝、挨拶の他にも色々な情報集めに、神社に行かれます様にお勧めします。
 

これからの日本

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2021年 1月24日(日)15時46分21秒 i219-167-6-12.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  東日本大震災から間もなく10年を迎えようとしています。
現在も世界中いたるところで地震は発生していますが、海外で起こる地震に比べ国内で起こる地震による死者は本当に多いと思います。

古来より日本は、地震大国と呼ばれる程に地震が多いというのは日本で生まれ育った人であれば、皆が知っている事なのですが、自分が今住んでいる地域が本当はどういう場所で、何が起ったのか、調べた事がある方はどれ位居るのでしょうか。
現在はネットの情報で、どこら辺の地域が昔から地震に悩まされて来た場所かなどについて検索する事も可能ですが、一番信頼が高い情報というのは、自身が暮らす地域に昔から鎮座する神社やお寺に保管されている事は、あまり知られている事ではありません。

何年か前の事であれば、自身が生きている間に伝えられるかも知れませんが、何十年か前の事になると、記憶があやふやとなり、何百年も前の事になると誰も知っている人は居なくなります。

何百年も前に大地震が起き、大勢の人々が津波により亡くなった。この惨事を経験なされ、生き残った人々は、自分の子孫達が又はその地域の人々が同じ目に遭わない様に、「此処より下に家を建てるな」と書かれた石碑を残していた事はあまりにも有名な話です。

世代が代わり、人口が増えていき、転勤で移り住んできた人も増えて行けば、いつの間にか大惨事の事が風化して、誰も思い出さなくなっていきます。
人口が増える度に埋め立てをして、土地を増やし、平坦で便利な街づくりがなされていく様に見えるのですが、実は、何百年も前に大津波が来て、大勢の命が失われた土地だったなどと、誰からも教えられず、知らずに住んでいるのです。

この様な事を続けていく事が、石碑を残して頂いてた人々の思いだったのでしょうか、違いますよね。

先祖の方々が残された注意を、子孫が受け継いでこその命ではないでしょうか。
神様は、人間に何を伝えようとしていたのか。
今一度考えて頂きたいと思います。

今、自身が住む土地は、今迄に何があった場所でしたか?

神様は、ルールを守りなさいと仰っているのではないでしょうか。
ルールを守る事は、神様からの思いを受け取り、実行するという意味です。
ルールを守れない人は、どうなってしまうのか。
今も、世間で色々な人がクローズアップされていますが、取り上げられていないから大丈夫ではないのです。

人間に隠れる所はありません。
どこに居ても、その思い、神様からはお見通しなのです。

残れるチャンスを無にしない様にするには、月に一度神社へ赴き、感謝の挨拶をする事がとても大切な事なのです。

これからの日本をどうするのか、残る人間に託される事となるでしょう。
一人でも多くの方が、託される人間になれるようにと思っています。
 

今の若者、国を守ろうと立つ若者

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 1月12日(火)10時35分38秒 zaqd37c3a05.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  世の為、人の為、優しく愛情を持って人生を生きて行く、と、言う事を戦前の日本人は、若者は、家族、友人、学校、諸先輩から、近所の方々まで愛情の有る教えを戴いて育てられて居ました。
だからこそ、国の為、家族を、愛する人々を、護る為に命を懸けたのだと思います。

今の若者達は、そのような教育をされていません、と言うよりも、若者の親たち自身が愛情有る教えを戴いていないのですから、今の若者に、世の為、人々の為、優しく愛情を持って人生を生きて行く、と、言う事を戦前の様に教えて居ないのですから。

戦後の教育で育てられた人々、若者の親達は、我儘を優先し、人々の事等、考えない、個人が満足する生活が優先に成り、その生活の仕方が今の若者に伝わって居るので、我儘で自分が気に入らなければ、他人に対して不遜な態度で人々の心を傷つける。

その様な若者、人間が、このコロナ禍を乗り越える事が出来るのか不安です。

しかし全ての今の若者がこのような状態では無いと思います、若者の中にも素晴らしき考え、愛情深い、優しい若者も居られます。

一個人の親御さんの育て方が、本来の日本人の心を持った育て方で、育てて頂いた若者は素晴らしい生き方をしています。

このコロナ禍の中で医療関係の最先端で頑張っている若者、自分の命が危ういのに患者さんを救おうと頑張って居る若者も居るのです。

大半の若者は前に書いた方々が多いと思いますが、しっかりと教え導ければ、昔の日本人の様に世の為、人の為、優しく愛情を持って人生を生きて行く様に成ると思います。

今も一部ですが人々の為、献身的に頑張って居る若者が居ると思います。
昔の様に家族や愛する人々の為に、日本という国の為に、命がけで頑張って居ると思います。

やはり私も思うのは神様への感謝が出来る若者に導く事。
今の若者が育つ環境を作って行く事は、大切な事、国を守ろうと立つ若者へ導いて行く為には神様との繋がりが大事だと思います。
 

今の若者、国を守ろうと立つ若者

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2021年 1月11日(月)22時18分25秒 i219-167-6-12.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  時代が変われば、人の考え・思想も変わってしまうものです。
しかしこれは、非常に嘆かわしい事でもあります。
日本はかつて、戦争という未曽有のさなか、この日本という国が未来永劫栄える事を願いまた、家族や愛する人々の為に多くの若者が命を犠牲にして戦った歴史があります。
多くの若者の犠牲の上に築かれた国と言っても過言ではありません。

私達がこうして幸せな日本で平和に生きていられるのは、そういう若者が命と引き換えに得た貴重な国であり社会なのです。

しかしどうでしょうか、今の若者は、自分が気に入らなければ、他人に危害を加え、自分の言う通りにならなければ、他人をも殺める。その様な人間がこの先、このコロナ禍を乗り越える事が出来るのでしょうか。
国を守る精神とは、国が中途半端な事を言うからとか示さないから、では無いのです。

自らが、この日本という国を守り、自分の考えに誇りを持って、どういう行動をしなければならないのか、一人一人が真剣に考えなければ、日本という素晴らしい国に未来を託して亡くなられた沢山の若者の方々に対し、恥ずべき事です。

今の若者は、日本はこんなに素晴らしい国になりましたよと、言える国造りの一員として、もっと責任感のある行動をするべきではないでしょうか。
身勝手な人々が増えれば、国が国として成り立たなくなります。
今の若者が育つ環境を作って行く事は、諸先輩である我々にも託されている事なのです。

より良い環境づくりの基本は、神社に日頃の感謝を伝えに行く事から始まります。
若者が育つ国を作らなければならないのです。
若者も、国の行く末をきちんと考えて行動する事が大切な事なのです。
どう行動するのかを神様は見ていらっしゃいます。

 

新年のあいさつ

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 1月 1日(金)00時10分25秒 zaqd37c3a05.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  明けまして、おめでとうございます。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、又、各神々様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

掲示板を見て下さっている皆様、いつも閲覧頂き、ありがとうございます。

日々、私共、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の活動に賛同頂きまして、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

新年度は、皆さんに、神様の事をもっと沢山、伝え、世に知らしめる為の努力を致します。

皆様も氏神様に新年の、ご挨拶に行きましょう、明るい内に済まされます事をおすすめします。

掲示板を見て下さっている皆様、本年も、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)を宜しくお願い致します。


神周士の会 愉人
 

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