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令和の時代が来ました

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 5月 1日(水)09時08分4秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しております、愉人です、令和の時代が来ましたね。

神ノ大元ノ大神様、令和の時代を迎えさせて戴き、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

皆さん、五月一日、氏神様に新しき月と新しき令和の時代を迎えさせて戴いた感謝と挨拶に行かれましたか、令和の時代の初詣です、是非に行ってください、挨拶が大切ですよ。

神様と人間の繋ぎ役、霊的能力を持っておられる方も神様との繋ぎ役かも知れませんが、天皇家は神様と人間の繋ぎ役として縄文時代以前より人々を導いて来られた、み役を持った方々、その新しき、み役を継ぐ令和天皇と歴代の天皇に感謝をし、新しき天皇に畏敬の念を持って、激励と称賛を送らせて頂きます。
神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
 

時(トキ)続

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 4月 1日(月)16時29分59秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、春、四月を迎えました。
皆さん新しい月になりました、氏神様への挨拶行かれましたか、私は朝に行って参りました、神様への挨拶大切ですよ。

前回、時(トキ)について投稿しましたが、今回、継ぎ足しと言いますか続いて、時(トキ)について話をさせて頂きます。

私は神様に祈る時に、神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます、と、唱えます。

時間が時(トキ)が有るからと言うか、存在するからこそ物質が形成されていると思うからです、物理的に言えば、物質を構成する最小単位が原子です。

原子の構造は原子核と電子の2つから構成されており、原子核を中心に、電子が原子核の周りを動いているイメージです。

電子が動くと言う事は時間が存在するから、a地点からb地点に移動しa地点に戻って来る動きを周ると言う事です。
移動する為には、時間が進まなければ動く事が出来ない、電子が核の周りを周れない事になります。

電子が原子核の周りを周れ無ければ物質が形成されなくなると言う事です。

時間が止まれば、時(トキ)を刻まなければ、時間が無くなれば、物質は何一つ形成されない、存在しない、宇宙も地球も生物も人間も光も存在しない、静止するのではなく時間が無くなれば、全てが無になる、無くなると言う事。
光も、どんなに早くても時間がなければ進む事も出来ない、煌めくことも出来ない。

時間の単位、長さは人間が勝手に作った基準では有りますが、時間そのものは神々がお創りに成られ司っているもの、当然、神の世界に存在する時間と人間が使う時間とは違うと思いますが、人間が存在する物質世界では時間が無ければ、全てが存在出来無いのです。

今、私たちは存在するため、生きて行くために必要な物、全てを戴いております。

時間が有るからこそ物質を形成し動かして戴いて居る、生きるために生活するために全ての物を戴いて居る事を感謝しなければならない。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

だからこの祈りの言葉を日々、私は唱えております。

神ノ大元ノ大神様に、又、氏神様に感謝とあいさつをすることが大切と伝えております。
 

移り変わり

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 3月21日(木)18時38分54秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  現在私は、一年半前に中途入社した事務所で働いています。ただし、無理をして動くと病気の症状が出るので、無茶な仕事を振られない立場でという名目でしたが、誰もが無理をしないと達成できない仕事の多さで、自分も例外では無く他の方々とそれ程変わらない動きで、仕事をしてきました。

それが年が明けてから身体の調子が少しずつ良くなり、今では大分無理の効く身体になってきたなと思える様になったある日の事、以前居た会社の所員が会社に面接に来ていました。

その日、面接場を離れた社長が私の所へ来て所員の性格や仕事振りについて尋ねました。私が居るのを知った上で訪ねて来ている事は分かっていましたが、率直に、自分の思った事を告げました。

しっかりしている方で、お客さんからも信頼されていた方ですよと。

数日後、連絡があり会社に是非入りたいと申し出があったそうです。
所員の正式入社は四月からとなり、同じく三月一杯で退職する人が一人居たので、丁度の入れ替わりで、所員の入社が決まったのでした。

その他に、私が入社してからこの三月で退職する人を含め三人目が退職になった訳ですが、四月からは所員の他に去年の段階で決定していた新卒の人も同時入社が決まっています。そこで、会社としても部内の編成が必要となり、自分の仕事の振り分けについても、部内のチーフ格より話がありました。

社内で専務と新卒四年目の人がずっと担当して来た内容のもので、仕事に繋がるかどうかを計る大事なものです。私も前の勤め先で同じ事をやっていたので快諾しました。

その話が決まってホントに間髪入れずに、任される案件が飛び込んで来ました。
依頼があった日から次の日の午前中まで別件作業が立て込んでおり、開始は一日半後からのスタートになりましたが、久し振りの手応えを噛みしめながら、進めていると社長が近寄ってきて、出来たか?と尋ねてきました。

私は、まだまだ途中なのでと告げると、すかさずいつまで掛かっているだと急に怒り出しました。全然始めたばかりで、全く形になっていなかったのですが、言い訳が出来る状態ではありません。何か言わなければと思い、不確かな情報を口に出しました。すると、首をかしげて、それはおかしいんじゃないかと、詰め寄って来ました。

私もそれ以上のものは頭に入れていなかったので、考えを巡らせていると、途中でも良いから直ぐ持ってきて!と言われ、検討前の検討段階のものを持って行き、想定される多くの事を言ってその場を乗り越えようとしました。なぜなら、時間があればできる事だからです。

十分に検討して、何回も見直して、チェックして作るというスタンスで以前の会社では取り組んでいたので、そのスタンスを取り戻そうと必死でした。
すると、じゃあもう一回ちぇんと検討してまた見せてくれと、ただしスピード感を持ってやってくれよと言われ、取り組みました。

次の日は夕方から会社の寄り合いがあり社員全員参加だったので、夜遅く帰って来てからも終電まで作業を進め、寝不足と疲労で私としては全然時間が足らないと思いながらも次の日の午前中に簡潔に見直して仕上げました。

それから別の作業に入り社長が出先から戻るのを待ちました。夜になりチェックが始まりました。社長は、私が出したものを見ながら、ここはどうなっている!ここはなぜこうなった!なぜこんな事になるんだ?と怒り口調で言い、君は何年この仕事をやってきたんだ!根本からなっていないじゃないか!

それから約一時間程、色々と否定され罵声を浴びせられ、けちょんけちょんに言われました。最後に、今日はもう遅いから、自宅に帰ってからも考えてみて明日先輩がたに聞いて、午前中までに何とかしろと言われました。

私としては、やっと身体も少し戻ってきて、力が振るえる場を与えられたと思い良い所をお見せしようと躍起になっていたのと、社長の事は心から凄い人だなと思っていたので、そういう方からの言葉だったのが余計に心に刺さり、心がふらふら状態ではありましたが、とにかく進めなくてはと、大体の考えを会社でまとめて帰路につきました。

ただ帰ってからも時折塞ぎ込み、何度も落ち込みそうになりました。
妻の前では空元気を振り絞り、なんとか悟られない様にしていましたが、妻には話しておこうと思い、重い口を開き全部を話しました。
妻は話を聴き終わると私に、じゃあ首になっちゃうの?と言いました。私はそうなるかもねと言うと、フッと浮かんで来た思いがありました。

自分は何の為にこの会社に入ったのだろうかと、お金を稼ぐだけなら色んな仕事もあったけど、病気になる前にやっていた稼業に戻ったのは、どんな理由だったのか。

神様はどういう理由で自分をこの会社に送り込んだのだろうかと、色々と想いながらその日は寝ました。

次の日、妻を最寄りの駅まで送る途中車内で、社長はせっかちで、自分のいう通りにならないと、誰にでも激怒して振り回す人なんだよと言い、自分が昨夜絞られた様な情景は、何度か他の社員で見た事があると話すと、妻も今務めている会社の以前の支店長の性格が社長の性格とほぼ同じで、前の支店長の話しを聴いている様だと言い、次の様に話しました。支店長に理不尽な事を何度も言われて、何くそーって思って何度も涙して拳を握りしめたかという事と、そういう事もあってその時は苦しかったけど、なんとか頑張れたから今があるしねと明かしてくれました。

妻の話を聴いて、僕の先輩だと感じ心に響きました。

一人になり出社するまで間、妻の話しや自分に起こっている事を考え、会社の人材の入れ替えにしても、環境の変化を起こす為に神様が何かの考えがあり起こされている事で、乗り越えなければならない事が来たのかなと思い始めました。

同会員からも言われたのが、無駄に時を捨てては神様にしかられますよと、悩んでも解決しないのがこの世の中、時を刻めば必ず答えがあると。

出社する手前で、ようやく、くよくよしている時間は無い、前進あるのみ!という心に変化しました。
会社によって取り組み方は色々ですが、他の人がやれた事を自分が出来ない訳が無い、取り組み方を学びながら一つ一つ、堅実にやって行こうと思います。
 

我の神が一番

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 3月17日(日)18時47分3秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  世界には沢山の宗教が存在します。
日本にも沢山の宗教が存在しています。

どこの宗教にも過激な人又は熱心な人々がいるものです、世界の情勢を見た時宗教が火種となって戦争や争いが起こっています。
宗教とは、教えや戒律に支配される為の場ではなく、神を崇め奉る心を学び生活する事を実践する場では無いでしょうか。

国や言葉に違いはあれど、人を創造した神を語る上では同じ神を崇拝しているのと同じでしょう。また、どこの国や地域にも神話があり語り継がれています。その登場人物は名称や成り立ちが違うだけで話は似通っています。これらの神話がなぜ似通っているかと言えば、考えられるのは、出所は一つであるという事、つまり広まった地域が違うだけではないでしょうか。

どこの国の神話が最初であるとか、どこの宗教の教えが一番とか、我の神が一番とかは無いんです。
ゆえに、崇める神の御名が違うだけで求めている神は同じだという事です。
その事に気付いているのでしょうか?
宗教に関わる殆どの人々は、我の神が一番という思想で行動している事でしょう。

我の神が一番は、人間が作った偏った教えです。
我の神が一番は、他の神の教えを排除します。
我の神が一番は、争いを生みます。
我の神が一番は、我欲です。

集団になればなるほど、間違いが間違いを生み偏ったものになってしまいます。
特に日本の場合、今や月謝を払って寄り合いの場と化しているのが、宗教ではないでしょうか。
神を遠ざけてしまったのは、人間かも知れません。我の神が一番と唱えているのは、人間の教祖であり、神からの教えでは無いのです。

一人一人が目覚め神と向き合い、行動しなければ、本当の事は分かりません。
その行動こそが、ご先祖に感謝する事であり、氏神様に日頃の感謝を捧げる事なのです。
 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2019年 3月 5日(火)22時13分41秒 i220-221-58-97.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  時、時は色々な事に時には幸せを貰い、時には苦労を貰い、時には喜びを貰い、そして知らぬ間に真逆の時が起こりますね。
単に、時を刻み肉体が動かなくなる。神様は、何故時をお与えくださいましたか?
人間は皆自由です、皆さんが生きてる国、どこの国に居ようが与えられた自由です。
皆さんが居る国において、よその国羨ましがらず時刻を大切にしてください。
 

時を刻む

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 3月 3日(日)20時18分35秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  集いの会で出た言葉です。
愉人さんもトキについて書かれていますね、私は私目線で書いてみます。
時の使い方は、人それぞれだと思います。
仕事で時を刻む、休みにぼんやりと時を刻む、食事を楽しむ事で時を刻む、眠って時を刻む、時は大昔から存在します。

今でいう1年が365日と言われ出したのは6,000年前の古代エジプト人が発見したと言われています。人と時間の関係は、オギャーとこの世に生を受け、死を迎えるまでずっと付きまとうものです。では、生まれる前はどうだったのでしょう、時と関係は無かったのでしょうか。
死んだ後はもう時を刻まないのでしょうか。

人間世界で使用する時とは違って来るのではないかと思いますが、よく言われる事から推察すれば、前世があるならば、過去のいつの時代かに生まれて自分が居たかも知れません、国を変え、身分や性別を変えて生まれ変わっているとするならば、生まれる前の時間というものが、あったと言えるかも知れません。

死んだ後に、来世があるならば、未来のいつの時代かに生まれて自分が居るかも知れません、国を変え、身分や性別を変えて生まれ変わるとするならば、死んだ後の時間というものが、あると言えるかも知れません。

ただ前世や来世がどうだか、あったか無かったのかなど、誰にも立証出来ません。
過去があり現在があり、未来がある、これは紛れもない事実です。
地球も生まれてから46億年と言われていますが、地球の時間の経過と共に、地球で誕生して進化してきた生物や動物も現在の姿になるまで長い年月、時を経て変化しています。
進化の過程を見ても時の刻みが重要だという事は明白ですが、より良い環境で馴染める様に変化して来た動物の様子を見れば、人間も時の刻みを生かし行動するべきではないでしょうか、行動した者だけが、変化を感じる事が出来るのです。

いつも通る道でも変化しているのです。
いつも会う人も然りです。
人と人との暮らしがあり時があり、成り立っている世の中です。
家でじっとしている人間には、神様は何もしては下さいません。

以前、神示しで言われましたが、何もせず行動しないのでは、神は何もしないと
外に出るからこそ、出会いがあり、繋がりが生まれ、何かを学ぶ機会を与えて戴けるのです。同じ時を刻むなら、沢山の人と出会い、また神社へも行き自分の成長の刻みを見てはいかがでしょうか。
その為の機会を沢山用意して下さっているのです。
 

時(トキ)

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 3月 3日(日)18時46分9秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しています愉人です、まだまだ寒いですね。
集いの会で話をして戴いた中で、時(トキ)に、ついて言われました、中々意味が深そうなので、お伝えしたくて久々に書いてみました。

ジッと、していたら、時(トキ)は来ない。
ジッと、していたら、時(トキ)は逃げて行くよ。
動いたら、時(トキ)と一緒、時(トキ)が来る、時(トキ)を刻んでいく。

ジッと、していても、時(トキ)は刻むが、その時(トキ)は、動く(トキ)時とは違うから。

だから、時(トキ)を刻みなさいと言う。
刻めば刻むほどに、自分にプラスに成るし、色んな事も有る、幸福も有る。

勿論いけない事はいけない、その中に入って行く事は、いけない、だからそこに溺れると言う事は意志が無い訳。

時(トキ)を刻めって言う。

この話を聞いて、時(トキ)とは何を示し、また、何にでも当てはめて考えられる言葉だと考え込みました。

時と言われても色々な意味、解釈、思想が有ります。
これと思う意味を列挙しますと。

過去から現在、現在から未来へと、一方的、また、連続的に流れていくと考えられているもの。
「時間」「時が流れる」「時がたつ」「時を刻む」
時法によって示される、1日のうちの特定の時点や時間帯。

時間の流れの一点、時刻、また、時刻を知らせること。
「時の鐘」「時をつくる」

時期、関心がおかれている時代や年代。
「時は幕末、所は江戸」「時の首相」
季節。
「紅葉の時」

時勢、世の成り行き。
「時に身をまかせる」「時に従う」

何らかの状況を伴った、時間のひとくぎり、さまざまな状況を念頭に置いた、不特定の時期、場合。
「時に応じた方策」「あいさつのしかたも時と場所による」

状況が明示できない、漠然とした時期。
「時には失敗もある」「時として、そんなことも起こる」

ちょうどよい機会、好機。
「しかるべき時を待つ」「逆転の時をうかがう」

重要な時期。
「危急存亡の時」

わずかな間、一時、また、当座、臨時。
「時借り」「時貸し」

定められた期日、期限。
「時を切って金を貸す」「返済の時が迫る」

行為や状態を表す連体修飾を受けて、ある状態になっている時点や時期。
「家に着いた時、母はいなかった」「幼稚園の時は、やんちゃ坊主だった」

ある状況を仮定的に表す、おり、場合。
「地震の時はどうしよう」

いつも伝えております、神社に挨拶に行く動き、神々に挨拶する、時(トキ)を刻めば刻むほどに、自分にプラスに成り、色んな事も有り、幸福も有る可能性が出来て来ると思います。

やはり行動として一番に浮かぶ事柄は、氏神様への挨拶、新しき月を迎えた挨拶に行かれましたか、まだの方は神様との、時(トキ)の刻めを作りに行かれます様にお勧めします。
 

人間の衣を着たもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 2月11日(月)15時23分1秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
三連休はいかがでしたか。北海道ではマイナス30度を下回った所があったと聞きます。私達は自然の脅威をどこまで体験する事になるのでしょうか。年が明けてからというもの、あまり良いニュースも聞きませんね。

今日は、人間の衣を着たものというお題目で話を進めて行こうと思います。
最近のニュースを見ていると、子供を死に至らしめる親や動物を虐待して楽しむ飼い主などがよく取り上げられています。両者共に、行動が似通っている所は、子供を虐待する場面、又は動物を虐待する場面を動画に収めている所でしょうか。

エスカレートすると、そういう場面を動画サイトなどにアップして、他人の反応を楽しんでいるかのような行動に出ている人もいますね。子供は親の愛情無くしては生きていけません、人に飼われている動物も人の愛情無くしては生きていけません。
子供を虐待する親はみな、その子が生まれた時から虐待していつか殺してやろうと思っていたのでしょうか、動物を飼おうとペットショップなどで探している時から、いづれ育てて殺してやろうと思って飼っていたのでしょうか。

そんな人は居ないと思いたいですね。
段々育つ中で、自分の思う通りにならない、言う事をきかない、そういう時に会社や家庭内で溜まったうっぷんを晴らす為の手段として、自分より弱いものをターゲットにして責める。責めても自分の思う通りにならないからどんどんエスカレートしていく、そういう行動を見れば見るほど思うのは、もうその人は人間の親では無く、単なる獣ではないかという事。

ここで使う獣とはあくまでも気が狂ったものという意味合いですが、日頃の姿は人間で、ある目的の為に獣とかす人間が実は本当に多くなっているのではないかと思っています。
そういう人間が増えている一つの原因として考えられるのはやはり、氏神様への感謝の無さではないでしょうか。
親がいてくれて自分がいる、親がいるという事は、親のまたその親がいたからだから、ご先祖にも感謝が大切。自分に子供がいるのは、神様からの授かりもので、自分が成長させて貰う為に存在している、だから神様にも感謝なのです。
感謝を語りだせば切りが無いのが当たり前になる筈です。

それが出来ない人達は遅かれ早かれ、獣になる素質があるという事です。
人類が滅びの世を取るか、取らないかは、一人一人の行動・想いにかかっているのです。その猶予が今与えられているのではないでしょうか。
もう既に獣になっている方がニュースで報じられているという事は、それは氷山の一角という事で世の中には、人間の衣を着た獣が沢山いるという事ではないでしょうか。

貴方が獣になるかならないか、貴方自身の行動・想いにかかっているのです。再三掲示板では、氏神様に感謝しましょうとか、神社に行ってみたらどうですかと投げかけていますが、これを読んでどう思い行動されていますか。
読んだだけで納得している場合ではありませんよ。

子供には親が又は周りの大人が教えてあげなければなりません、強固な建物に逃げる事が逃げ道では無い事を、すがる所は神社であり氏神様の所だとだという事を教えてあげて下さいね。
それを教えてあげられるのは、氏神様への感謝を日頃実践している人々ですよね。
同じ国の者同士で殺しあっている場合ではありません。

氏神様はずっと待っていらっしゃいますよ。
 

流行りもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 2月 3日(日)18時07分3秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
早いもので二月に入りました。寒くなって参りましたが、月初めのご挨拶には皆様行かれましたか?私たちが日々生かされ、御守護を賜っているのは、氏神様がおそばで見ていらっしゃるからです。是非感謝の挨拶に出かけてみて下さい。寒い時でも日が照る様な温かさに触れられると思いますよ。

今日は、流行りものというお題目で話を進めて行こうと思います。
皆様はインフルエンザに掛かりましたか?
私はというと、社内で二人のインフル感染者が出ており、また正月明けから怒涛の仕事に追われ、睡眠不足と疲労で免疫力が下がっているところでしたので、一発でうつされてしまいました。

私の場合、微熱が二日くらい下がらず風邪薬を貰おうと思い、念のためにと内科で見て貰った所、インフルA型という診断でした。うっそでしょう?と思いながらも医師より、ここのバーが赤くなっていますから間違いありませんとリトマスバーチャートを見せられました。
微熱でもインフルに掛かっている私のようなケースを巷では隠れインフルエンザと呼んでいるそうで、流行りものをいち早く受け取ってしまいました。

医師の見立てによると、月曜日からは出社しても良いでしょうとの事でしたので、明朝具合を見て判断したいと思います。
また、最近ではインフルの薬も色々と進化しているようで、私はてっきりタミフルを処方されるのかと思いきや、タミフルのタの字も出て来ず一日一回服用する錠剤でも無く、吸入器で吸って体内に入れるタイプを処方されました。一度吸えば一週間効果があるそうなので、その間に治るという仕組みらしい。

ただ昔から言われていましたが、15歳以下でタミフルを服用した場合、幻覚などを見たり、興奮して飛び降りなどを行うケースが今でもあるそうです。
大人でも、そういう薬を敢えて使って飛ぶ興奮を得ようとする者がいると言います。
命を粗末にする行為は、いつまで経っても変わらないものですね。

流行りという訳ではありませんが、最近ではネットで知り合った方に会いに行って、事件に巻き込まれるという事が多い様です。自分がそういう目に遭わない様に又は係わりを持たない様にする為には、自分がそれまでに経験した物事だけで想像し察知できるものではありません。
ましてや、そういう事が起こる時というのは、あれよあれよという間に起こってしまうものです。

日々、何もなく平凡に暮らせる事、こんなに幸せな事は無いと思います。誰もがそういう生活を望み、暮らしたいと思われているでしょう。きちんと自分が幸せに暮らせている事を氏神様に感謝して、挨拶する事を忘れてはいけません。幸せな暮らしを送らせて頂いているなと思う時があれば、尚の事神社へ行かれ嬉しいご報告をしてみて下さい。

苦しくなってからやろうと思っても中々できるものではありません。

氏神様に感謝の挨拶をする事は、自分が暮らす環境を整えて下さるというのは、前々からお話ししている通りです。思い立った日が貴方にとって吉日です。
流行りでは無く腰を据えて取り組むものとして、神社へ行かれる事を願っております。
 

山と人の暮らし

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 1月27日(日)14時47分5秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
日本海側では、昨夜から今日にかけて暴風雪の荒れた天候に見舞われるとニュースで報じられていましたが大丈夫でしたか。今年は、西日本が暖冬で東日本が去年に増して豪雪と聞いております。
何があろうとも、氏神様に感謝をなさる事を忘れなければ良いのではないかと思います。悪路がおさまったら、氏神様に日頃の感謝を捧げに行かれてみてはいかがでしょうか。

今日は、山と人の暮らしというお題目で話を進めて行こうと思います。
昔から山のふもとで暮らす方々は沢山居られますが、海外にも代々山のふもとで暮らす方々が居られます、先日TV番組でイタリアのとある地方の山のふもとに暮らす方々が取り上げられていました。

そこで生まれ、一度は違う場所で暮らしてみるも、やはり故郷に帰りたくなり、生まれた場所に戻って余生を過ごしたり、ずっとその土地を離れずに暮らしている人々の生活に密着して、これまでどういう人生を送って来たのかを紹介する番組です。

戻られた方々は、都会で忙しい毎日を過ごす中では忘れていたという、花に四季があることや植物が芽吹いていくさまが何よりも落ち着くと言われていました。
またある人は、山に感謝をしながら毎日歩き、山にあるものを使い昔の製法で紙を作っている様子などが紹介されていました。

そのTV番組で紹介されるイタリア人の中には、こういう方も居られました。奥さんに先立たれて寂しくはないですかという問いに、ご主人は、神様がお決めになられた事ですからねと優しい口調で話をされていました。私が思うにホントに素直な方というのは、年齢に関係無くいらっしゃるんだなと心を打たれ、またこういう人々の話を聴く事が心の平穏を促すものの一つであると思っています。

この様に神様からの恩恵があり生かされ、家族を敬い大切に思う心、そして召されていくという思想が代々続いているのだろうなと思います。

日本に住む方々の中にも、きっとそういう思いで生きている人々は居ると思っていますが、海外と日本とでは、表面的な呼称とか表現に違いがあるとは言え、神様に対する思いというのは、それほど変わらないのではないかと思います。
ある部分では過激な思想を持っている方々も居られますがね。

その中でも、日本には、各々で暮らすエリアを守る神様がおられ、日頃の感謝を行える場所があるというとても恵まれた環境であるのは言うまでもありません。
ただ実際に神社というものは目に見えますが、社にいらっしゃる神様を見る事はできません。目に見えない世界にいる神様を崇めているという意味合いで言えば、その姿は地球上どこででも通じるのではないでしょうか。

山のふもとで暮らしている人々も、海外では目に見えない神様に感謝を捧げる、日本では、山を守る神様が鎮座されている神社へ行き感謝を捧げる、この事が大切な事ではないかと思います。
最近の山での災害の多くは、やはりそういう思いが薄れてきている事への神様からの警鐘ではないかと思います。
今一度、自分が住む土地・周辺環境に目をやり、近くの神社にご挨拶に行かれてはいかがでしょうか。
思いの世界ですから、心静かに素直な心で神様を思えばきっと通じる事と思います。

 

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