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自由と正義(我)

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2017年 9月20日(水)10時45分25秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用 編集済
  ご無沙汰しております愉人です。

何をしても構わないの中には、するしないという事の他に、何を選ぶかは自由だという意味も含まれているのではないかの事について、話をしたいと思います。

まず何が正義かを選ぶ自由が有ると思います。
正義の名の下で個人の我を通す事、横暴が行えるかだと思います。

人は悪いと思う事柄は、中々行わず、自分が正しいと思った時、正義が自分に有ると思った時に行動を起こします。
周り等、気にもせず、己自身の正義を押し付けるように行動します。
そして正義の為には人間の命も何とも思わず、己が信じる神だけを取り上げ、全ての神を否定します。

しかし私は正義と言うものは、己自身に対して己を向上、成長さす為に与えられる試練の事柄で有って、自分自身の正義感を人々に押し付けるものでは無いと思っております。

人、其々が自分自身に対して正義を持ち、自分自身を戒めて行く、何が正しくて何が悪い事柄なのか、見極めて行くのが正義で有ると思います。

他人に自分の正義を押し付けるものでは無いと思います。
無理やり押し付けるから衝突が起き、人命を賭しても抗ったり服従させたりする行動を誘発させて来ます。

人間は自分が正しいと思った事は実行できる自由が許されていますから、物事を行う事も反逆する事も正義と思えば人間は行えます。
結果は人間が出さなければならないのですが、誰が正しいか、何が正しいかは、いつまで経っても解らないと思います。

元来一人、一人が、神様と向き合い、祈りを奉げるのが本来の姿で有れば、その時に人間の正義等、無いはずで有り。
人間には自分を戒める修行が有るだけで、そこで培ったものは正義では無く、生活の中で自分を成長さす神様の想いが有るだけで有る。
人、其々に其々の神々が役目として付かれ、その人間にふさわしい試練修行を与えて成長さす仕組みが有り、その時の教え導きは、その人、個人の方法、 その人、個人が持つ正義を植え付けて要るんだと思います。

それを他人に押し付けると言う事は、人間にだけ押し付けて要るのでは無く、その人間を導いている神々に対しても人間の押し付け正義を行使している事に、気ずけ無いでいるから、いつまで経っても反発が起きているとおもいます。

何時も口癖に私が言ってる事は、正義は自分自身を向上さす為のものであり、決して他人には自分の正義の説明はしても、強要、押し付けをしてしまったら、正義では無くなり悪に成ると。

人間、自分が悪者だと認めたならば身を引いて引き下がりますが、自分が正しいと過信すれば人の事など気にせず突っ走っしります。

人間には正義は無いと神示で伝えられていますが、誰が正しいか悪いかはその場、その時の事情等で動き、結果が決まって行くのが人間の世界での、正義の定義の有り様だと思います。

自由に行っているように思っていても、そのような物事の結論に至る様に仕組まれて決断させられているのが今の人間世界だと思います。

自由で有りながら人間自身が追いやられている現状で選ぶべきものを選んで無いから良い結果、満足する結果になっていないと思います。

しかし悪い結果に成る事を選んでも、次に良い結果に成る事も選べます。
こう言う自由も許されています。

今、良い結果を招く結論を選ぶ時が来ているのかも知れません。

神様が好まれる結果を自由を見つけて生活する時だと思います。

 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2017年 9月19日(火)21時19分56秒 i220-99-173-95.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  日本の宗教界の皆さん、そろそろ誤りを正す時が来てませんか?
不幸に導くのは神様の御心ではありませんよ。
早くきずいて下さい。
 

東輪さんへ

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 9月18日(月)17時47分28秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  東輪さん、お久しぶりです。
お元気でしたか。
貴重なご意見ありがとうございます。

確かにこの世は自由、人間は何をしても構わないと以前、神示しでもありました。
ただし、何をしても構わないの中には、するしないという事の他に、何を選ぶかは自由だという意味も含まれているのではないかと思っています。

他の方々の意見も何かありましたらどうぞ、投稿お願いします。
尚、この件について、愉人さんの意見もお待ちしています。


 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2017年 9月17日(日)21時03分21秒 i220-99-173-95.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  そうですね
この世は、全て何をしてもかまわないんですよ。
だって、人間だから。
人を殺すのも、人を生むのも。
だって、人間ですから。
 

今起こっていること

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 9月17日(日)16時46分16秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
9月の月初めは、氏神様にご挨拶なされましたか?

今日は、今日本のみならず世界で起こっている事について、何がどう係わっているのかを考えてみたいと思います。

今、世界で何が起こっているのかご存じでしょうか?
海外では、ハリケーンにより、未曾有の事態に直面している地区があります。
家が無くなりまたは浸水し避難している人々。

日本でも、50年に一度、いえ100年に一度と言われる記録的豪雨により、浸水や土砂災害が発生して家が流され、避難している人々。

家財道具を流され、裸一貫にった人々、これからどうやって生きていけば良いのか分からなくなっている人々、気温上昇で外出が出来ない地区も出て来たと聞きますし、自然災害に留まらずテロにより国を追われる人々、内紛に巻き込まれて亡くなる人々、ワールドニュースをちょっと見るだけで世界各国色んな事が起きています。

先日は、隣国よりミサイルが飛来してくるとJアラートが鳴り響いたのは記憶に新しい事だと思います。
自分達は真面目に生きていると思っていても、逃れられない事情も起こる可能性があるという事でしょう。

世界には三代宗教と呼ばれているものがありますが、どれを取っても内紛やテロが起こっていて、言えばその宗教自体が争いの種になっているケースが殆どではないでしょうか。

宗教とは、本来、生活を教える場でなければならないと思うのですがね、神様と接していく為にはどういう生活をしたほうが良いのか、朝晩の挨拶で、日々御守護を戴いている感謝をして、新たに始まる日々に御守護を戴ける様に願う。
これが人のあるべき姿ではないでしょうか。

それが有名な宗教になればなるほど、色んな制約、戒律が存在していて、人間とはかくあるべきとでも言っている様な立派なものが沢山ありますよね。
でもそれらは、結局人が人の為に作ったルールではないのでしょうか。
以前にも記しましたが、元来人は、自然の木々であったり岩等に神様が宿ると信じていて、みながそこで祈りを奉げる。

それが、いつの間にか人を集める者が出て来て、特定の場所に人々を集めて崇めさせる現在のスタイルになってきたのではないでしょうか。
結局そのスタイルによって、本当の神様との接点が失われ、自分達が作った神の元教えが違う者達を改宗させる為に、又は滅ぼす為に戦争が始まったのではないでしょうか。

元来一人、一人が、神様と向き合い、祈りを奉げる、それが本当の意味で神を向くという根本ではないでしょうか。

祈りが通じていれば、なぜ宗教寺院で爆弾テロが起こるのでしょうね。
そこに早く気付かなければならないと思います。
報復には報復で、では争いが拡大するだけで、何の解決にもなりませんよね。
テロそのものの思想が生まれない人を育てていかなければ、ならないのではないでしょうか。

難しい教えが必要ですか、子供にでも分かる様なものでなければと思いますがね。
神様に感謝の祈りを奉げて、朝晩のご挨拶とする。
月初めに御守護なされている氏神様にご挨拶に行く。
これらをきちんと行えば、神様は自分にとって最良のものをお与えになられますよ。

その事は、私が書かせて頂いた、神様と私、という題材の記事を読んで下されば分かると思いますが。

通じる祈りをするのか、人が作った神様に祈りを行うのかではないでしょうか。

人が人として生きるという事は、常に神と共にあるということを決して忘れてはならないと思います。

大変な世の中になってきています。一人一人が目覚めなければならない時が迫ってきていると思いませんか?
今の暮らしが、環境が崩れたならば、自分の人生設計はめちゃくちゃになってしまいますよね。
事が起こってから考えますか。

神様は、そのようになって欲しくないから我々を使い、お示し下さっているのですよ。

目覚めるには時間が掛かります、一瞬で目覚められるのであれば、この様な世になっていませんよね。
沢山の方々が、目覚めて、氏神様にご挨拶されることを願っています。

事が起こってからはどうしょうもないのではないでしょうか。
備える、備えると言って、食料を買い占めている貴方の心は、神様と共にありますか?
 

神様と私(その6)

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 8月26日(土)18時12分56秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は、神様と私という題材での、その6を書いていきたいと思います。
今回のこの記事が、神様と私という題材での最終章となります。
これを読まれ、何か聞いてみたいと思う事や、感想等ありましたら、どうぞ投稿お願い致します。


<平成29年1月から4月末まで>
前年12月の血液検査がピークだと感じた事は書きましたけれど、1月頃の体調はというと夏頃に最も数値が低く、全身の状態が楽になっていただけに、両足共に関節が硬くなった様な、少しぎこちない歩き方に戻りつつありました。
けれど、当初数値が高い状態だった頃に比べると全く比べ物にならない位の痛みの差でした、特に心の差と言うものが大きかった様に思います。

心の差というものは何かと言えば、当初はなぜこの様な病気になってしまったのかと自暴自棄になる事さえあり、なぜなんですかと周りの会員にも伝えた事もありましたが、自分の役目について、会の中では言われていましたが、自分がそこに気付いたと言いますか、気付く様に持って行かれたと言いますかね。

カミアマネシモノの会員の使命は神様の御名を世界に知らしめる事。
その中で、自分は膠原病と言われる自己免疫疾患に罹り、放置していると関節が動かなくなり、歩けなくなる様な病気にはなったけれど、自分が神様と繋がる事が許されて、許されたならば何を与えられるかを人々に伝える事が出来れば、それは神様の事を知らしめる事になり、神様の御名を知らしめる事に繋がると思った事です。

人間の身体は神様が造られたものだから、神様から改善を与えられる様になるように日々実践して、神様と繋がせて戴けると、こういう風になりましたよと、なので治療薬を飲んで得られたものではありませんよと、それが神様の言われる与えるものという意味なんですね。

それでもこの頃少しは身体の変調が出て来てはいました。
掌の一部がにこんもりと腫れあがった様になりつつあったりと気にはなりながらも、とにかく神様しか頼る方は居られないし、自分が神様を信じて思い、行動したらちゃんと与えられるという経験を夏頃にしていたので、素直に挨拶や運動や、神様の前で心静かにさせて頂きながら過ごしていました。

2月の血液検査です。
CRPが6.45と僅かに下がっていました。やはり12月がピークだったと確信に変わりました。
その後も、プールやウォーキングなどなるべく身体を動かすよう努めていると、食欲がどんどん出て来て、沢山の食事が出来る様になってきました。

一番変わったなと思う事は、10月中旬までは、事ある毎に神棚の前に行き神様の前で心静かにしていたのを、自分の都合で神棚に行ったり行かなかったりするのでは無くて、きちんと毎日欠かさず、生活のリズムの中に採り入れる事、これが大事な事ではないかと思って過ごしていました。

また、この心静かにという動作を始めた頃から体験していた事ですが、本当は正座(今の私はなるべく床に近い所へ頭を伏せられる様にして)をして、心を落ち着かせて、深く深く心を下げて、静かに暫く伏せていると、首の動きでうんうんとうなずく様な動きが出てきます。すると、あ、返事が来たから今日はこれで良いんだという反応というか合図の様なものを戴くようになっていた事です。

会ですすめている挨拶をなされている方の中には、もっと違った反応等を戴いている方が居られるかも知れませんね、どんな反応を戴いていますか?もし宜しければ投稿お願いします。

それからはホントにあっという間に毎日が過ぎて行き、4月の血液検査です。
CRPが0.55になっていました。
自分でもそれ以前に4月頃には大分改善されているかも?とは感じていましたが、CRP標準値0.30以下までもう後僅かまで迫っていたんです。
4月に入ると身体中が楽になって来たなとは感じていましたが、それ程までに数値が落ちているとはさすがに思っていませんでしたから。
驚きました。
医師が一番驚いていましたっけね、GW前に知らせたら有頂天になって暴飲暴食でもされたらいけないからと、知らせて来なかったと言われていましたからね。

数値を病院から知らされたのは、GW後でしたが既に6月位から次の仕事場で働く事も決まっていて、医師に働く場が見付かって6月か7月位から行ける事になったと報告も出来た訳です。

傷病手当金も7月で終わりでしたので、6月位からはぼちぼち仕事を始めないといけないから、4月位からは次の仕事場を探しに行かないとなと思っていたら、本当に身体が楽になり、4月末頃に以前働いていた時に会合で会った方に携帯番号を知っていたので、お会いできませんかと日取りを決めて、会いに行って色々話していく内に、先方よりうちに来る?と言われて、とんとん拍子で入社の日取りが決まってという運びとなり。

本当に神様と繋がらせて戴くと、一番最良なものを与えらるという立証が出来たと思っています。


今、8月が終わろうとしていますが、仕事の忙しさに少しずつ慣らしながら励んでいる所です。

今回書かせて頂いた、その1から6までの神様と私という記事を読まれて、何を感じられましたでしょうか。

私達は目に見えるものに頼り過ぎて、目に見えないものを見る力が衰えていると思いませんか?
目に見えなくても感じる事は誰にでも出来ると思いますよ、自分には関係無いとご都合主義で行かれたい方はどうぞご自由に。
選ぶのはあなたですから。

ただしどんな方でも神様からの御守護があって生かされている事を忘れないで下さい、御守護があって、生まれる事が出来て、人間としての生活が許されているのですからね。

親に感謝をする様に、神様にも感謝をする事が当たり前の事だと思いますけれどね。

まずは、難しいと思わずに神様に挨拶をして神様を感じる事から行ってみて下さい。感じるという意味は、神(かん)じる、神(かみ)を知るとも言えるのですから、挨拶を毎日行う事で、少しずつ自分の周りの環境が変わってきて自分自身も神様への感じ方が変わってくると思いますよ。
神様への感じ方を学ぶ事が、神を知る事であり本当に神様を感じるという事になると思いますしね。

自分を取り巻く全ての環境を神様から与えられた環境の中で、生活をさせて戴く為には、日々の挨拶と氏神様への挨拶が重要ですからね。

現在、何かを患っていようがいまいが、一人一人に対する周りの環境変化が、地球の環境変化にも繋がって行くと思いますよ。
言い換えれば、地球の環境変化は、一人一人に対する周りの環境変化の度合いのが係わっているのかも知れませんね。

与える者には与え、与えられぬ者には与えられぬ
よいな


これが神様の御言葉ですよ。
この事を肝に銘じて、どうぞこのHPにある毎日の挨拶を行ない、是非、氏神様の所に挨拶に行ってみて下さい。

そして、沢山の方々が与えられるものになって欲しいと思っています。
 

神様と私(その5)

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 8月19日(土)15時58分25秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は、神様と私という題材での、その5を書いていきたいと思います。

これを読まれ、何か聞いてみたいと思う事や、感想等ありましたら、どうぞ投稿お願い致します。


<平成28年7月から12月末まで>

6月の血液検査がCRP1.24だった事を受け、私は痛くなり始めてからそこまでに至る幾年かの思いや状況・症状などを思い浮かべながら、7月からは段々と心が和らいで行き、身体の快調さにほっとした気持ちでこのままCRPが下がっていって正常に戻っていくんだなと思いながら暮らしていました。

8月、9月と暮らしている中でそれまでは、朝晩の挨拶の他に近所の公園を歩いたり、ラジオ体操を毎日欠かさずやっていたり、集いの会で録音した文字起こしを数時間やっていたりしていたものが、身体が楽になってきた事で心の余裕が出来て来て、心の隙間を満たすものとして、自分のやりたい事を優先した事で、徐々にリズムが崩れて行き、いつの間にか毎日やっていた事が出来なくなっていました。

今日は雨が降っているから、ウォーキングは明日に延ばそうとか、ラジオ体操は、食事が終わってからにしようとか思って、テレビを見ているといつの間にか忘れてしまいその日は結局やれなくなっていたりとか、録音版の文字起こしにしても、今日は身体を動かす事に専念して明日30分多めにしようとか、そんな事をやっているとどんどんやれなくなって来て、あれよあれよという間に、やったりやらなかったりという日々になっていました。

すると、ホントに敏感に現れ来る現象が、関節の痛みと手の強ばり、また歩き難くなって来る事です。

自分としては、色々させて頂き、神様から回復というものを戴いたのだから、もうこのまま良くなっていくだけだろうという、考えの元行動していると、またもや段々と忘れかけていた痛みが出て来る訳ですから、痛みが出て来たのは何でだろう?何でだろうと思って、色々思い返してみたら、思い付くのはただ一つ、自分の心の有り方そのものが神様に通じていて、神様から心が離れて行くと痛みが出て来るのだという事。

それが、少しずつ分かってきたのがこの頃です。

それが顕著に表れて来たのが、二ヵ月に一回の血液検査です。
8月のCRPは1.59と6月から少し上り、10月のCRPは3.96に上がり終いには、12月のCRPが7.64になった時は、医師もちょっとどうしたら良いのかかなり不安そうな顔での応対でした。
しかも医師は、身体の中で何かの異常が進んでいて隠れているのかも知れないので、二ヵ月後の検査を見て慎重に判断しましょうでした。

確かに、この時点で何かが身体で起こっている様に自分も感じていました。
それは、医師のいう異常では無いものが。

12月の数値はこの病気になって検査した中で二番目に高いものだったので、高いなとは思いましたが、もう既に先程書いたように、自分の身体の痛みのバロメーターは、自分自身の思いと行動にある事を分かり始めていたので、10月の中旬からは、やったりやらなかったりは止めて、次の様なリズムで生活を始めていました。

朝起きて、神様にご挨拶して、果物を食べて、妻を送りに行って、帰って来たらラジオ体操をして、終わったら直ぐに神棚で心静かにさせて頂いて、朝ご飯を食べて、録音版の文字起こしをして、お昼ご飯を食べて、整骨院に行く時は行って、プールに行く時は行って、帰って来たてプールに行っていない時は、近くの公園にウォーキングに行って、帰って来たら夕飯の支度をして、妻を迎えに行って一緒に夕飯食べて、お風呂に入って、ゆっくりして、寝る。

このリズムが確立されていましたので、12月の数値はある意味天井だとフッと頭に浮かんでいました。

ここからは、下がって行く、急降下でと思いました。

今回書いた様に、皆さんの中にも身体が辛い状況にあったものがある時フッと楽になった時、今迄痛みと辛さに囚われていたものが解放されて、楽をしたいとか自分の思う様にやりたいと思った事はありませんかね?

何か体験談をお持ちの方、どうぞ教えて下さいね。

次回に続く
 

神様と私(その4)

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 8月12日(土)17時57分59秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は、神様と私という題材での、その4を書いていきたいと思います。

これを読まれ、何か聞いてみたいと思う事や、感想等ありましたら、どうぞ投稿お願い致します。


<平成28年4月から7月末まで>

4月に入ってからも、関節の節々が痛むの事は変わらず、とにかく、朝晩の挨拶は欠かさず行おうと決めていましたので、日に日に変わる関節の痛みに耐えながら、朝晩の挨拶と月初めの神社へのご挨拶を行ないながら過ごしていました。

4月14日午後9時26分、熊本震源とする地震発生。
17日午前1時25分、本震を上回る地震発生、その日から暫くは余震が続き、眠りが浅い日々を過ごす。

4月23日、朝目覚めると、足が閉じて真直ぐになっていて驚く。
前年12月からずっと、寝返りの度に目が覚めて、眠りが浅く、横向いて寝る時に左右の足を重ねる時には、股関節が硬くそして痛くてゆっくりとしか重なり合わせられず、やっとの思いで膝と膝がぶつかり合っても骨に違和感があり、自分の足なのに、自分の足では無い感覚でしたし、揃えて重ねると痛みがあるから少しずらして重ねるけれど、結局寝ている間に、寝返ってしまい膝が擦れ合うから痛みで目覚めるという具合です。

寝る前に、よっこらしょと横を向いても、じわじわしか足が重ねられず、仰向けで、足を広げているほうが、体制としては楽なんですね、この動作がこの時期の眠るというものでした。
それが、ある日目覚めると、膝が真直ぐに伸びて両足がピタッと閉じていたのでびっくりです。
4月23日から27日までの朝は、目覚めた時に足へ意識をやると真直ぐになっていて、自分の身体に何が起こっているのか分からなかったけれど、何かが変わりつつあるのかな?と少し嬉しくなった。起き上がったらもしかして、足を閉じたまま歩けるのかなと思ったが、起き上がると、やはりガニ股歩きだった。

28日からは、また元に戻り真直ぐに足が閉じる事は出来なくなっていた。
5月に入り、スカイプ集いの会で、会員から、目標を決めてラジオ体操をしてみたらどうですかと言われ、次の日から早速ラジオ体操の練習を始める。
まだ全然身体が動かないので、ラジオ体操にはなっていなかったけれど、少しずつ音楽に合わせて動かす努力を始める。

6月5日、今迄椅子に座ってしか下着が付けられなかったのが、立ったままで履ける様になる。嬉しくて妻にも報告した。ラジオ体操で身体を動かし始めたから、少し筋力が戻って来た様に漠然と感じていた。
手の強ばりは以前残ったままだったが、12月頃は手を広げた時に痛みが強かったがそれが徐々に減り、握り締める動作の時に痛みが出る程度まで回復していた。

それに、体調が戻って来ると、心も元気になって来るもので、治るスピードが増した様にも感じていると、実際に血液検査の結果として変化が出て来た。それは、以前に投稿もしましたが、6月の血液検査で、CRP1.24となっていた事。ただ何となく、結果が良いのではないかと感じてはいました。
1月に漢方医に行き出して検査した時が、CRP5.52だったのが、僅か5か月で下がっていた訳です。

言えば、2月に高山集いの会に行った時は、旅館の内風呂に入るのにも会員の肩を借りなければ入れなかったし、夕飯・朝食時には、座る時も座布団を多めに貰い、ドスンと尻餅着く様にしか座れず、立つ時は、両腕を支えられなければ、立てなかった様な者が、7月には歩き方も変わり立って下着も変えられる様になった。これが、朝晩の挨拶と月初めの神社へのご挨拶、それと事ある毎に神棚の前に行き、心静かに心を深く深く下げる。
この様に過ごしていて、ここまで回復出来たというこの真実。

この事を皆様はどう捉えるのでしょうか。

前回、私の素性を書きましたが、自分が特別な人間だから神から回復というものを与えられたのではなく、誰にでも起こり得る事なんですね。

一人一人が目覚めて、神社に参って、ご挨拶をして、神様と心が通じ合えれば、与えられるという事を、今回は私が経験させて頂いた訳ですよね。

その後、私は血液検査の数値の変化に浮かれ、実際に身体もかなり楽になり、恐らくこのまま順調に良くなっていくのだろうなと思い、過ごして行く。

次回に続く
 

私の素性

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 8月 5日(土)18時25分48秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
8月に入りましたが、氏神様にはご挨拶に行かれましたか?

今日は、神様と私という題材での、(その4)の順番ですが(その1~3)まで読んだ皆様が、一つ思われる所として、なぜ私がこの様な体験をしているのか、余程の神様との接点があり特別な人生をこれまで歩んで来たからでは無いかと、思われている方も居られるかも知れませんので、これから、私がどういう素性の者で、神様の事を意識し始めたかなどについて書いてみたいと思います。

今思い返してみると、生まれて三歳位までの事は全く思い出せません残念ながら。四歳以降でようやくポツンポツンと覚えている事がありますが、まあよく居る元気な子供でしたね、かくれんぼしたり、基地を作って遊んだり、ガキ大将の真似事で、6、7人引き連れて遊び回ったりとか。

近くの山に育つ野イチゴを食べたり、蜂に刺された子にオシッコかけてあげたり、とか(蜂に刺されてオシッコをかけると治るなんていう都市伝説がありましたよね)

小さい頃から知らない所に行く事が好きで、自転車に乗れるようになったら、けっこう迷子になっていた様で、大分親は心配していたらしいです。

小学校に入りたての頃、下校途中に工事現場があって、道路の反対側まで渡って行って、ブルトーザーとかを暫く見てて、見終わって道路を渡る前に右を見た時、大分向こうに白い車がチラッと見えたけど、左が来ていなかったから、手をあげて渡っていたら、次に記憶があるのは逃げようと身体を右に曲げて倒れながら、目の前に車のタイヤが迫っていて、次に記憶があるのは、病院のベッドで左足の膝から下に包帯をグルグル巻きにされていた。

母が心配そうに医者と話をしていた時に目が覚めたが、自分に何が起こったのか記憶に無くポカーンとしてたけど、包帯を替えに行った時に左足の状態を見て、びっくりしたのまでは覚えていますね。

その後暫くしたら、家の事情で二年の終わり頃学校を転校する事になった。転校先では、校庭に回旋塔やら大型トラックのタイヤやら今迄見た事も無い遊具があって、その中でも鉄棒に夢中になった時期がありました。

グライダーとか言って大技を決めるやつが流行っていて、誰もやっていない様な大技を皆に披露したくて、放課後残って一人で練習していたら、雨が降って来て、握る鉄部が滑りそうだったけれど、夢中になってやっていたら、案の定手が滑って、唇の下ら辺を切ってしまい、唇が熱くなって来たと思ったら、ドバドバ血が出て来ていて、手で口を触ったら手が真っ赤になっていて、それを見たらああーっと言いながら用務員室に駆け込んでましたっけ、用務員のおじさんは、慌てて自転車の後ろに私を載せて、病院まで連れて行ってくれました。
母も後から慌てて病院に来ていましたね。

そこの学校では、誰が言い出したか知りませんが、砂場の角を掘って行くと石が出て来るんだけど、その石を蹴ったりしたらバチが当たるとかを聞いた時に、へーそんな事もあるんだって、心の中で思っていました。

その頃、ちらほらお墓で幽霊を見たよとか、火の玉を見たよとか誰かが言っていたのを覚えています。
と、この頃、布団に入るとよく考えていたのが、人はなぜ生まれて来たのだろう、死んだら自分の意識はどうなるのだろうか、と考えては、泣けて来て泣いていた時期がありました。映画か何かに感化されたのか何だったのかはちょっと思い出せませんが。

その小学校も四年の終わり頃家庭の事情で、転校になった。
そこの地区はあまり良くない噂が沢山ある所だった様ですが、子供の私にゃ関係の無い事でしたがね。
この頃よく、次の様な現象が起こっていました、一つは鼻血が毎晩出ていた事と、歩いていても自分がどこを歩いているのか、自分はどうやってここまで来たのかが、分からなくなる事です。

その現象が起こる前は大抵、次の様な現象が出て来ます。それは、耳鳴りまで行かないんですけど、ボワーンボワーンと耳が遠くなり宙に浮く様な感覚になった時は、そうなるサインでした。

数年前に、そのサインが出て来た時は、ビックリしましたが。

で、その小学校も卒業と同時に、転勤になって、全く知らない土地の中学校に入学しました。友達は直ぐに出来たけれど、坊主頭が気に入らず、家に居る時も転勤になった親への抵抗として、ずっと帽子を被っていましたね。

その中学校も、二年の途中で転校になり、違う中学校で中学生活を送りました。
転校先では、転校生だった為か人生最大のモテ期到来でしたね。

下駄箱に入りきらないラブレター、バレンタインは段ボール箱に一杯のチョコレート、誰かが隠し撮りしたブロマイド写真か何か、後から聞いたら物凄いやり取りがあったとか、無かったとか、ファンクラブがあったとか無かったとか、そんな中ある女性の事が好きになり、付き合おうとしていたら、その女性宛てにカミソリやら嫌がらせやらをされてしまって、結局付き合わずに終わりましてけれどね。
何だかんだ良い思いをさせて貰いましたね。

高校では、絵を描くのが好きだったから美術部に入って、専ら放課後は油絵を描いていましたね。その頃、友達の友達の話とかで、学校の怪奇現象とかそういう話を良く耳にした覚えがありますね。陸上部の選手が亡くなった後も、夜になると足だけがグラウンドを走っているだの、三階の窓から首だけが通るとか、今のTVでもよくやっている類の話しですね。

高校卒業後東京の学校に行って、一人暮らしして、ファミコンにドハマリして、課題をやらない時は徹夜でゲームをやっていましたっけね。
友人達の溜まり場にもなっていたから、よく皆でどんちゃん騒ぎで飲んでいました。

そうこうしている内に、卒業となりそれぞれが就職していき、数年が過ぎる。
学生の時にアルバイトをしていた所で気に入られた方から、数年後にお呼びがかかり、一緒に会社を設立することになる。その頃従事していた仕事の関係で岐阜にある会社に出向という形で、約二年間勤める。
出向先で働いていた女性が今の妻である。

東京に帰って直ぐに、今の妻が追い掛けて来てくれて、一緒に住みだす。その状態を続けるのは良くないと親から説得されて、結婚式を上げる事にした。
新婚旅行を合わせてハワイで挙式を上げ、家族だけで祝い合った。

親から一緒になるのならと、貴方達にどうしても二人で入って欲しい所があると言われ、某宗教団体に入る事にした。

神様という言葉を意識したのは、そこの団体からだった。
手かざしで、病気が治せるとか楽になるとか、色々な奇跡が今迄あったとか、言われて、本当にそんな事があるんだなと純粋に思っていた。

それから十数年後、兄が癌になった。

某団体では、そこまで真面目に活動はしていなかったけれど、奇跡を起こせる団体と言っていたので、団体に任せれば兄もその奇跡でなんとかなると思っていた。

ある日兄の病室に行くと、手かざしをしていたであろう団員が、グーグー寝ている所を見た時に、何をしに来ているの?と疑問に思った。

兄の病状が、少しづつ確実に悪くなっていく姿を見て、奇跡を起こせる団体はどこに行ったの?と益々思う様になっていった。

その頃、兄達も色々と団体とは別の動きを模索していた様で、とある方が病気の根本治療の切っ掛け作りの手伝いをしますという方に、手紙を書きたいと兄嫁から話があり、ネットでその方を検索しようとしていたら、某研究会の記事に釘付けになり読み進める。

某研究所のHPには、某宗教団体の奇跡がなぜ起こせなくなってしまったのかについて、懇々と書いてあり、自分の思い当たる所と合致する所が多々あったため、代表にメールをして当時の状況を話し、私だけは某研究会からの指示の元、兄への対応を行った。

色々な事があったが、兄は亡くなり、自分はその後も数年間そこで学ぶ事になった。

某研究会で私は、沢山のお金を喜捨という形で取られ色んな疑惑はあったにせよ、ある意味、何かの能力開花があった様に思った、例えば何か目に見えない力が働いているさまだとか、冷たく感じたり暖かく感じたりと、目に見えなくても感じられるものがある事などがそれです。

また活動中どこそこが痛くなっただとかがよくあり、その都度代表に電話して、その場で恨んでいる方々を救って貰って楽になったりとかも実際に体験してみて、今思う事は、その一連の事々を仕組まれた方がどんな方かは分からないが、目に見えない世界では、何をされようとされるがまま、生きている人間を使おうとする方が居るとすれば、使われる人間も居る、どういう集め方かは分からないけれど、良く似た方々が集まって来る、だからそこで起こっている事はある種特殊な環境化で無ければ起こらないのではないかと思いました、俗にいうマインドコントロールだったのかも分かりません。

五年、某研究会に居て最後の方に妻が病気になってしまい、一緒に居てやりたい、もう某研究会には行きたくないと思い出した時に、ある方に相談したところ、行かなくても良いんじゃないかと背中を押された様な気がして、二度と行かなくなった。

風の噂で、聞いたのは、代表にも連絡せず来ない様な者は、神様から篩い落とされてしまったんですよと。

もう、どうでも良くなっていた。

脱会をして二ヵ月後、カミアマネシモノの会発足の為に岐阜県高山に向かった。

人が病気になったり、生まれて直ぐに亡くなったり、生まれてさえ来れなかったり、色んな人がいますが、どんな事が起ころうが、それは全て神様が仕組まれている事ですから、人間の世界で理由なんて分かる筈が無いんです。

理由も分からなければ、身体の仕組も分からないのですから、解決なんて出来ようも無いでしょうしね。

ただ言えるのは、どういう理由かは分からなくても、神様は直ぐそばにいらっしゃるという事、傍にいる神様と通じ合えれば、通じ合おうとする人間に対しては、例えば危険を知らせて、回避させる事も起こるかも知れませんし、そもそもその様な危険が起こる様な場所に行かせないのではないでしょうか。

通じ合えなければ、傍にいらっしゃる神様もただ見ているほかありませんものね。自分が目覚めれば、自分の傍には沢山の神々様がいつも傍にいるのと同じになるという事を理解して、通じ合う方法を実践して欲しいと思っています。

自分が神様と通じ合えるかどうかが最も大切な事だと当会で学ばせて頂きました、通じ合える様になれば、こういう事が起きるんですよというお話が、神様と私という題材で書かせて頂いているものです。

奇跡だ奇跡だと、一瞬で魔法のように治るものなんてありますか?
もしあったとしても、それを戴いた者がどういう気持ちでその後を過ごすかが大事だと思いますよ。

誰しも同じような経験をして大人になっていきます、それまでに着いた心の汚れだったり考え方の汚れやいろいろな物は、毎日一歩一歩、神様と向き合い、信じて行って自分の思いの変化と共に無くなっていくものと感じています。
神様に自分という存在をきちんと見て戴いて、神様が思われるほうへ行く事が出来れば最高の事だと思いますけどね。

小さい頃からの素性を読まれたらお分かりの様に、どこにでも居るような子供時代・学生時代ではないですか。
ポツンポツンと何かを考えたり、起こっていても、それを神様に結びつける様な考えは全くありませんでしたしね。

ある切っ掛けがあって、神様という名前だったり奇跡の様なものに段々入って行った様な感じですかね
こんな私が、今回の様な体験をしている訳です。

これらの事を踏まえ、次回の記事も是非お読みください。
次回は、神様と私(その4)です。

これを読まれ、何か聞いてみたいと思う事や、感想等ありましたら、どうぞ投稿お願い致します。
 

神様と私(その3)

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2017年 7月30日(日)16時58分0秒 i219-167-63-35.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は、神様と私という題材での、その3を書いていきたいと思います。

これを読まれ、何か聞いてみたいと思う事や、感想等ありましたら、どうぞ投稿お願い致します。


<平成28年1月から3月末まで>
年が開けても私の身体は依然として、全身の関節が痛む毎日を送っていました。
それこそ、日に日に痛みが身体のあっちこっちで起こっていて、今日はここが昨日はあそこがという具合に毎日が過ぎて行った。
食事のメニューに、親がどこからかで聞いて来たというスギナ茶を飲み始める。

1月24日、朝目覚めると外の景色が銀世界
久し振りに九州地方で大雪に見舞われ、交通網が乱れる。

2月に入るとやたらに貧血が酷くなり、突如としてめまいが起こりその場に倒れそうになる。貧血はリウマチと関係があるようだが、医師もリウマチ患者がなぜそうなるのかは分からない様だった。
2月11日、夕方になると突然めまいがして手が震え始めフラフラになりながら、これはまずいと思いながらピンと閃いたのが、冷蔵庫にあった苺とブドウ!とにかくザッと洗ってむさぼり、一気にパックの半分位食べた。
詳しくは、http://9324.teacup.com/kamiamanesimono/bbs/116をお読み下さい。

ホットミルクも飲み、とにかくそのままソファーに座る。
暫くすると、意識が落ち着いてきたので、会員にメールをしてみると、神棚にひざまずいて、心静かにしてみるようにと返信が来た。

神棚に行き、正座ができないからクッションを山積みにしてそこへ腰かけて、いつも座っている椅子に頭を伏せて、神様の前で心静かにする。
と、段々と、どこからか湧いて来たかの様に、身体中に血流が巡り、ポカポカしてきた。立ち上がると座る前と全然違っている事に驚く。

これは後から分かった事ですが、それまで神棚には関節の不調を理由にひざまずく努力をしていませんでした。それが、この時ばかりは、必死になって何とかひざまずきたいという一心で自分がその時出来る姿勢、ひざまずく事は出来ないけれど、何とかその状態に近づけたいという思い、そしてただただ神様に心を思いを差し出し、静かにする。

この出来事が少しずつ自分の思いを変えていく一つの始まりだった気がする。

朝晩の挨拶以外は、神棚に来る事が無かったのが、この体験から少しずつ神棚にも近づきつつあった。

それから事ある毎に、神棚に行く理由を神様から与えられていた様に思う。何か会員が感じたら、よく私の所にメールをなさり、神様と語ることは良薬なり、と伝えて来られたりしていました。
私は出来る限り言われた事を実行して、何も聞き取れないけれど、心静かに神棚で対話の努力をしました。

次回に続く
 

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