<思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


(無題)

 投稿者:東林  投稿日:2022年 1月 4日(火)20時58分55秒 i220-221-59-4.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  今の世の中?
本当に、良いものを発信して人々がそれを見て値打ちをつけつてその時だけの満足を与える世になりましたね。
確かに、しらなければ、何も無い、知れば、誰かにそれを伝えたい、それが人間、そこに恨み妬みが生まれる。
努力するもの、しない者、世は必ずとも平等では無い。
ならば、争いは絶え間なく続く事。
この現世は、どんな宗教や、聖者が現れても幸せな世はこないでしょう。
 

新年のあいさつ

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2022年 1月 1日(土)10時53分52秒 zaq31fa8f1d.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  明けまして、おめでとうございます。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、又、各神々様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

掲示板を見て下さっている皆様、いつも閲覧頂き、ありがとうございます。

日々、私共、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の活動に賛同頂きまして、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

新年度は、皆さんに、もっと神様の事を伝える為、投稿していきます。

皆様も神様に逢いに神社に、挨拶に行きましょう、明るい内に済まされます事をおすすめします。

掲示板を見て下さっている皆様、本年も、神教(シンキョウ)神周士の会(カミアマネシモノノカイ)を宜しくお願い致します。


神周士の会 愉人
 

今年あった出来事

 投稿者:神周士の会、九代  投稿日:2021年12月31日(金)20時05分42秒 dhcp-ubr2-50053.csf.ne.jp
返信・引用
  もう間もなく今年も終わろうとしています。
今年あった出来事を書かせて頂きます。

体調面では、本当に普通の状態に戻ったと言っても良いくらいになったこと。
仕事面では、色んな段取りが全て順調に進んだこと。
そして、何よりも神様の御名を広める活動として、この掲示板で体験談や経験談を掲載できたこと。

体調面から言えば、まず、体重が増えてきたことが一番分かりやすい変化です。というのも、この病気になって一番分かりやすかった変化が体重の減少でした。発症前は、68~70kgでしたのが、数年掛けて最終的には50.9kg体脂肪率8.7まで落ちました。

数字だけ見るとアスリートの様な数値ですが、やはり見た目はそんな華やかなものではありませ。頬はこけて、蒼白い顔でいかにも体調が悪そうな風貌になっていました。

それが、今年の春過ぎからでしょうか、どんどん体重が増えて、それと同時に免疫力も上がってきた様に思っていました。それもそのはず、ここ2年位全く風邪を引かなくなっていました。

顔色も良くなり、姿勢も何もかも良くなってきました。いよいよ、前人未踏のことが起き、皆様にご報告出来ると日が近いのかも知れません。

仕事面では、担当される方々の思いと進み具合がシンクロしているのかと思うような動きが出来て、宿る神様と連携させて戴く事がこんなにも進み方が違うものなのかと、感動しまくりでした。

また、秋口に入ってきた仕事では、長年会社にいる方でさえ、なぜその仕事が入って来てその入札メンバーになったのか、高めで入れた額でなぜ落札出来たのか、なぜなぜ尽くしでしたが、私としては、去年の暮れ入社した時に、新年度からは、仕事の流れが変わると何となく思っていたので、ああなるべくしてなったんだなと感じました。有難いことです。

そして何より、今年も掲示板で色んなことを掲載させて頂けたことですね。掲示板で掲載させて戴くだけの経験を今年もさせて戴いたことが本当に貴重で有難いことに尽きます。そして、その貴重な体験の中に今、自分が置かれ、神様の御守護のもとに生かされている。

こんな経験は、今まで宗教に携わったままであれば絶対に出来なかったことですし、起こらないことです。もし、起こるとしたならば、教祖に特殊な能力があり、神と称する違った存在に操られて行うことでしょう。そうなったら、教祖もそれに慕う者もその存在に操られてしまっていることでしょう。

一度そういう所にはまると、出るのが大変です。というか出られません。なので、そういう所に寄り付かれないようにする為にも、神様から護って戴けるような行動をしなければなりません。何度も言いますが、皆で手を合わせて作られた神様の名前を唱えても、自身の目覚めは困難です。

自らが行動して、神様に感謝して行くことが大切なことなのです。
今年は、出来なかった方々も来る年は出来るようになって下さい。
誰の行動も、どんな行動も見られていること忘れないで頂き、今年の最後の書き込みにしたいと思います。

示申ノ大元ノ大神様、全てを戴いております。
示申に、神に、ありがとうございます。
示申ノ大元ノ大神様 又各神々様、示申に、神に、ありがとうございます。
今年も多大なる御守護、御仕組賜りまして、また有難い経験をさせて戴きまして、示申に、神に、ありがとうございました。
来る年もどうぞ、宜しくお願いを申し上げます。
 

今年の色々な出来事

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年12月30日(木)02時17分10秒 zaq31fa8f1d.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  今年一年過ごさして戴いた思いを書きます。

今年も沢山の御守護と、お仕組みを戴きました。

このコロナ禍に於いて、感染もせず、職場でも一人も感染者が出ない状況を与えて戴く御守護を、戴きました。
又、コロナ禍に於いても仕事の時間削減も無く、 非常事態宣言下においても仕事は通常通り勤めさせて頂きました。
当然、それによって収入も持に変化が無く、経済面においての生活にも困窮せずに済みました。

そして、今年も神の仕事を押し進める事は消極的でした。

今年は御守護の本当の意味を知り、理解出来た事が私は、有りがたいと思いました。
御守護は、苦しくなる前、危機に陥る前に自分を守って貰える、自分が、そういう災いに行かない様にブレーキを掛けて戴けるのが御守護だと理解しました。

今年は世界中で、我と欲が原因と解る、あからさまな状況が沢山起きていました。

まずは、コロナ禍で、ワクチン接種に関わる状態、世界中ではワクチンの争奪戦が起き 又、ワクチンを接種した人間と、してない人間との区別を露わにしたり。
日本に於いては昔の医療関係者の我によって構築した医療界の実態がコロナ禍に、おいて活動しにくい状況を形成していました。
昔よりは医者の数を増やしはしたが、大病院的組織の医療施設関連を育成してこなかった。
開業医のような中小の医院病院は多く構成はしたが、今回の様なコロナとか大々的な 伝染病、ウィルス性感染等の状況が起きた時に対応できる組織と能力を持った病院が 少なかった。
重症者が大きな病院にベットが足らないから入院できなかったのも設備が足らなかったのも、大病院を作らず小さな医院をつくり誰かの我によって医療世界を動かしてきた 害が出てきたのだと思う。
又、一般市民も我と欲が優先し注意されているのにも関わらず、感染率の高い場所に 行ったり、集合して感染する状況を作っている。
これも、我が優先して、せっかくの、御守護でストップを掛けて戴いているのにも関わらず、我が出て、出かけてしまう。
感染する危険性が有るのに欲で飲み食いをし、楽しみ自己満足を優先しています。

欲と言えば、 東京オリンピックも、そうですが観客動員が無くなれば、ボランティアさんの活動も無く、使わないユニフォームや備品が残ります、その備品の保管場所も料金がかかり、全てに於いて金銭の欲得の動きが、露になった大会だと思います、又、金銭的に言えば、コロナ禍において、アベノマスク等の保管場所の代金も何億とか、掛かる状況が有り、その金銭を欲している方々が沢山おられると思います。
苦しむ方が居れば、又、儲けを目指している方々も居られるという状況は我欲の表れだと思います。

世界では中国の三峡ダム、建設当時には関係者の汚職などにより資材、材料等の横流し等が有り建築費が着服され材料不足のダム建設になり強度も信頼性も無く
建設され発電ダムとして運用されています。
今年は貯水量が多く、ダムが変形して崩壊するとまで言われてました。
これこそ、我欲から来た人災だと思います。

アフガンからのアメリカ軍の撤退。
アメリカの都合、我欲ですね、それによりアフガンの人々が国の我欲、都合により弾圧を受けている。
又、近隣の国々は我欲による戦争の危機を感じている。

天変地異といえば、東南海地震も視野に入れて、いかなければならないでしょう。
今年は火山の噴火も多く日本では阿蘇山、東南アジアに至っては火山が数カ所噴火し アメリカでは竜巻も沢山発生したみたいです

先人の方々が言い伝えてきた災害とかの教え、印を残して、ここより下の土地には住まわないように等の教えが御守護のストップになりますが、天変地異と共に同調して人災も起きていました。

今年は我について深く考えさせていただきました。
私に宿られて居られます神様に対する、感謝の思いが増大した年だと思います。
私自身、我が強く、神様の、お仕組みに、どこまで従えたか分からない状況でございます。
今年一年、私の我の強さで、神様を困らせた事が有るかも解りません、まことに申し訳ございませんでした。
今年は自分自身の我と、自分自身がいかに御守護されているかを考えた年は、ありませんでした。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、又、各神々様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

来年も宜しく、お願いを申し上げます。
 

高山集いの会

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年12月18日(土)20時32分57秒 zaq31fa8f1d.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  12月11日12日の高山集いの会に参加して来ました。
一年振りの高山での集いの会に成ります。
神々の御守護を戴けたので集いの会に参加出来ました。

九代さんも書いておられますが、道中で、神様より宿題が出されました。
その宿題の内容を聞いた途端に、私の頭の中は困惑し始めました。
車内での会話も、ソゾロで言葉が、かみ合わなくなるほどの戸惑いが頭の中を駆け巡っています。
社に着き挨拶しても、頭の中は答えを見つけようと、考えています。
写真を撮影するのでも、ソゾロで、カメラも動かなくなり、マトモな対処もできず撮影も上手くいきませんでした、写真には自信を持っていましたが、この時ばかりは自信など無く、頭が回らず撮影を諦めました。
帰路に就いた時に確かめましたら、カメラのセッティングが間違っていたのを発見しました。
あの時は余裕も、何も無く、神様への返答に全てを奪われていた状況でした。

旅館での事は、九代さんが書いておられます内容ですが、私は肉が美味しかったのは記憶に有るのですが他の事は、ウル覚えになっています、直会に神経が囚われている状態が続いています。

直会が始まり、時が経つにつれ本命の宿題を出された神様が登場されました。

私は答えとして用意したのは、前々から九代さんには構想を述べ意見を聴いていた事を話しました。

それに返答が有り、そなたが一人で考えたのかと質問をされました。

私は意見を出し、九代さんの意見も聞きながら考えを纏めていましたと返事をしました。

すると、九代さんが書いておられますように、神様からは、一人では無く、友と話をしながら皆で作り上げなさいと御伝えがありました。

今後は考え出した方法も試してみようと感じています。

現段階では、まだ十分な準備が出来ていませんが、必ず導き出された方法で広めて行く時が来ると思いますので、それまで、お待ち頂けますよう宜しくお願いします。

ほっとした後の直会の事は記憶に残っていませんでした、只、お酒が美味しく呑み過ぎました。
翌日の朝は、頭がボーとなっていました。

今年の高山集いの会は、コロナの影響もそこそこで、時間的な余裕も有った素晴らしい集いの会でした。

私の至らなさからの、宿題を戴いてからの過ごした時間は、今年一年間の神の仕事の芯を示されていると思いました。

今一度、示します。
神ノ大元ノ大神様の御名を世に知らしめなければなりません。
一人一人の心に響かなければなりません。
人間が素直な目で、素直な心で、神様を崇め奉る事が出来るなら、その方に宿る神様は、いつでもその方と共に在るでしょう。
宿る神様のお考えは、連動して一人の人間と共に在るでしょう。

神の仕事を、今年も出来ずに過ごして来た事を、お詫びしなければなりません。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております。
神に、神に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様 又、各神々様、神に、神に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様より連綿と続いている日本全国の御祭神の皆々様方
神に、神に、ありがとうございます。
高山で御守護して戴きました神々の皆々様。
直会に来られました神々の皆々様。
ご一緒されました沢山の神々様。
神に、神に、ありがとうございました。

集いの会は、何事も問題なく運び、落ち着いた集いとなりました、直会に参加し有意義な時間を過ごさせて頂き、神々の、お話も聞ける素晴らしい時を過ごしました。

この度は、高山集いの会の参加の御許しを賜りまして、神に、神に、ありがとうございました。

次回の、参加の御許しを賜ります様、宜しくお願いを申し上げます。

楽しい時間を過ごせた集いの会でした、神に、神に、ありがとうございました。

 

高山集いの会

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2021年12月15日(水)20時19分8秒 i118-17-60-252.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  12月11、12日に高山集いの会が開催されました。
今年は、懸念されていた天候にも恵まれ、12月とは思えない程に暖かく、集いの会も穏やかな、とても充実した日となりました。

まるで、高山集いの会開催のために、コロナの勢いが緩み、厳しい気候も調整なされたのでは?と感じるほどでした。

また、宿泊先は、去年Gotoを利用して泊まったところで、温泉・食事共にとても満たされたものがあり、来年は通常の料金で泊まりに来ますからと女将さんに約束をしたお宿でした。今回は、食事が仕切り付というスタイルで予約していましたが、完全個室の部屋食だったのは、驚きと喜びとが重なり、特別感が更に増したものとなりました。

夕飯は飛騨牛を使ったすき焼きメインのコース料理で、お腹がはち切れそうになる程のコースでした。特に、会員の一人がすき焼き奉行であった事が初めて分かり、それ自体とても驚いた事でしたが、今迄に無いすき焼きを堪能できました。

面白かったのは、お肉を焼く前に、これモゴモゴするからねと言って器に入れてくれたお肉が、本当に口の中でモゴモゴした時は、すき焼きに使われている肉質まで言い当てる会員に、ただ者じゃない雰囲気を感じながら、この方は、毎年、露天風呂で雪をせっせと丸めて、人にぶつけて来る変わった人だけでは無かったのだと気付かせて頂きました。
会員の方、ありがとうございました。
また、すき焼きをどこかでご一緒する事がありましたら、すき焼き奉行!
宜しくお願い申し上げます。

次に直会の話しになりますが、今回は道中今迄に無い程の難問を出されていて、直会の時に答えを出す様伝えられていました。果たしてその答えをお出しする事は出来るのだろうかとみなで、頭を悩ませていましたが、やはりみなで話をすれば、自ずと導き出され、出たものを神様に伝えました。

神様からは、一人では無く、友と話をしながらみなで作り上げなさいと御伝えがありました。

神様からは、かねてより物質世界で物事を広めるのは容易い事では無いと仰っていました通り、本当に物事を広める事は難しいものだと私達も最近痛感していた事もあり、今後は導き出された方法も試してみなければならないだろうと感じていました。

現段階では、まだお伝え出来ませんが、必ず近い将来導き出された方法で広めて行く時も来ると思いますので、それまでお楽しみにお待ち頂けますと嬉しいです。

会員が掲げる神々と集い合う世界をつくる為には、神ノ大元ノ大神様の御名を世に知らしめなければなりません。その為には、一人一人の心に響かなければなりません。今迄の宗教の様な、作られた神の御名をどこかに集まり、みなで唱えるのでは、目覚める事は出来ないのです。

人間が一人で素直な目で、素直な心で、神様を崇め奉る事が出来るなら、その方に宿る神様は、いつでもその方と共にあるでしょう。
宿る神様のお考えは、連動して一人の人間と共にあると言えるのです。
それが出来る様になる事が、神様と集い合う、又は構築する事なのです。

今年は、一昨年から続くコロナの猛威で世界の至る所で大変な数の方々が亡くなられています。
そして日本でも、毎日どこかで、誰かが、事故や災害などで亡くなられています。
コロナでは助かったのに、違う所で、亡くなってしまう。
なぜその様な事態になっているのでしょうか。

よそ見運転をしているからでしょうか、危機管理がなされていないからでしょうか。
そうではありませんよね、人間が神から離れてしまったからですよね。
人間だけの知恵では、未曾有の世界になるよと教えられているんですよね。
毎日、毎日、ワイドショーで人間同士が討論している。
解決出来ない、云わば結論が出ない話し合いでしょう。

人間が原点に戻る時が来たのです。
そこに気付いて頂きたいと思います。
神々と集い合う世界を一人一人が構築出来なければ、どうなってしまうのか。
人間の数は無限ではありません。

一人一人に宿る神様が居られて、色んな物事が進んでいるのです。
まずは、宿る神様にお礼を申し上げて下さい。
事ある毎に、お礼を申し上げて下さい。

今年のうちから、口癖にして、やってみて下さい。

高山集いのお話に戻りますが、今回は、直会に初めてお出ましになられた神様が居られて、本当に驚きました。今迄の高山集いの会には、殆どお出になられていましたが、直会には、まずお出にはならないだろうと思っていた神様でしたので、とても身の引き締まる思いでありました。

そういう事もあり今回は酔っている暇は無いぞと覚悟しておりましたが、終盤物凄くアルコールが回り出して、ほぼ記憶が飛んでしまいました。

翌朝、飲んだ酒の度数を見ると、とんでなく高かったのが、その原因だった様です。ただ、不思議な事に、毎回そうですが、高山以外で同じ位の量はとてもじゃないですが、飲めませんし、明くる日の二日酔いが殆ど無いのがいつも首を傾げる所です。

これは正に、神々から守って戴いているからであります。
どんな時も、守って下さっているのです。

そんな事を思いながら、今年の高山集いの会、本当に楽しく、嬉しく、充実した二日でありました。来年は、また、色んな地へ行く予定になっておりますが、その時はまたご報告させて頂きます。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております。
神に、神に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様 又、各神々様、神に、神に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様より連綿と続いている日本全国の御祭神の皆々様方
神に、神に、ありがとうございます。

この度は、高山集いの会の参加の御許しを賜りまして、神に、神に、ありがとうございました。
次回も、参加の御許しを賜ります様宜しくお願いを申し上げます。

 

事の善悪

 投稿者:東林  投稿日:2021年12月14日(火)21時42分45秒 i220-221-59-4.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  今、この世には全てにおいて、物事が起こって、その事に対しての誰一人止める事は出来ない世界に居ますよね。
もし、人にとって事が起こる前の出来事ごとが分かる人間が存在しているでしょうか?この世の中の人間が未来や現在、過去を、まして他人の事など分かるはずもない事、しかし人間ですから、自分を大切にすることは大切なものと思います。
命を、今絶とうする人、!何事においても苦しい方、そして、裕福な方、ちょっと裕福な方、全ての方々が本当の人間社会を営める世の中になれば良いですね。
全てにおいて、悩み、苦しみが無くなる世の中に。
 

我欲

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年12月 8日(水)22時28分34秒 zaq31fa8f1d.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、御守護の中でも書きました、人間の我欲について、書かせて頂きます。

我が強かったら、そこには、神様は存在しなくなる事になります、ストップも掛けて戴け無くなると言う事ですね。
人間自身の我欲によって招いている事です。

今一度、言います、人間同士の争いが起こるのも、災害等に遭う事も、人間自身が我欲によって招いている事を、御守護を自ら遠ざけているのは、人間が我欲の為に、行う繰り返しです。

人間の肉体の中には、神が居れる、神の仕組です、人間をコントロールするのが神様です。

しかし、神様が示したストップを守らない事がある、何故、人間がそう言う風にするのか、神が、さしているのでは無く、人間の思いが強いから、そうさせている訳です。

最近の古代歴史の話では、日本が世界で一番古い文明を築いていたとの文献をよく目にします。
縄文時代以前より文明が発祥し栄えていたと、文献には載っております。

国という組織的な制度は無く、人が仲良く、争いも無く過ごしていた。

国という組織的なものが、必要なのは、好戦的な人々、又、争いが有るから仲間を集め組織を作り、自己の守りを固めると言う、身を守らなければならない生活が出来上がっていたから、国と言う制度 組織が必要となってきた。

しかし縄文時代以前には、争いも無ければ、仲良く物々交換をしていて争いが起きなかった。

そこに一部の人間が、我欲を起こし、欲得で争いを起こし、国を組織して、守護しだしたのが太古でしょう。

日本は、神が人間が、最初に降り立った土地であり、神と共に栄えた、ところであったと聞いております。

神と人間が共存する太古の世界が存在していたと聞いております。

太古日本では神と人間が、素晴らしい間柄での世界を構築していました。
その間柄を持って、全世界に神々と人が、太古日本から世界に散らばっていったとも聞いております。

宗教発祥以前には、世界中で神の存在が確認され、神々と話をしていた。

神々と話を、行うには、自分自身に宿る神が居り、その神様を通じて、神様からの話を 聴っていた。

神と話が出来る人間が少なくなり、聴ける者が代表となり世の中に貢献していた。

その後、欲深い人間が人心を集める為、神からのお使い人と言う人間を設け、利用して 宗教を作っていった。

神の声を直接聞いた聖者ではなく、その話を聞いた人間が記憶し記録したのが、聖典、
経典等に成り、それを我欲の為に人間が悪用してきたのが、現代の宗教にも影響している。

元々は、日本から出て行った神々が良いと思って行った事、人間が神々を敬う崇める事を良いと思って、行わせた事を覆して来たのは人間です。

人間が我欲で、それを全て変えて行った。

日本には日本の独特の信仰もあったのですが、外国から宗教が入って来て以来、その崇めるという行為を強制的に、武力、武器とか、そういうものを持って制圧して行って、無理やり教え込み、それが正しいと言って強制してきたのが宗教でした。
しかし何一つ正しくなかったと言う事が今の現実でしょう。

日本から各方面に教えに行った神々様はホントにお辛い思いをしたでしょう。
そうせざるを得んと言うか、神の世界に帰った時に、人間が違う方向を向き我欲が先行する

はっきり言って勝手に人間が作ったものが今迄の宗教の考え方。
我によって、神様の捉え方が違う。

人間達が、重要視してきたのは、神々との繋がりではなく、誰が誰を信じるかと言う事だけです、要は、信じ込ます為には何が必要なのかを、表現してきました。

特に政治的な力に利用され、日本でも、古事記、日本書紀等、政治の力に神様を利用していました。

人間が我を出し、自分が神様をどう言う風に利用できるかと言う考え方になっているのが宗教。

神々には名前など無く、選ばれた神社、社に、み役として人間を見守られる為に、宿られて居ます。

本来の神様との繋がり、神心の構築が、なおざりになり、神様に対する本当の感謝、挨拶など形だけに也、神の実在を知らず実感できない、神と通じる事もない、人間が持つ我によって、神との繋がりを閉ざして来てしまっているのが現在の人間達です。

私たちは、神々の実在を、神様の優しさを伝える為に。
又、神様に挨拶に行き、感謝をする事を通じ、繫がる事を伝え弘める、活動をしております。

神様と繋がりやすいのは、神様が、居られる神社、社ですが、思いを持って祈るのなら、その場で、神様と繋がる方も居られると思います。

どうぞ皆さんも、神様と、お会いして感謝を伝え、お話をして下さい。

神様はいつでも、待って居て下さいます。
 

御守護

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年11月24日(水)17時07分5秒 zaq31fa8f1d.rev.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、今回も御守護について、続きを書かせて頂きます。

御守護でストップを掛けて戴だいている中で、次の事もストップを掛けて戴いている事柄です。

先人の方々が言い伝えてきた災害とかの教え、印を残して、ここより下の土地には住まわないように等、教えが御守護のストップになります。

しかし、先人の方々が作った災害とかの、言い伝え等への、理解を、しょうとする思いや、尊敬する心等、感謝が足りていない人々が多いです。

何故、それを表記するのかと言うと、先人の方々が、伝え残す事柄が、神の領域の世界と言うか、仕組みなのです。
災害等が起きた場所、そこに残すと言う事は、神の領域を残していると言う事になります。
全てに於いて、神々が動かれるから、仕組みが動いているのです。

だけど、先人の言葉を聞きなさい、信頼しなさい、行動しなさい、そうすれば貴方の命が助かりますよと伝えられていても、反応しない、行動しない。

災害でも洪水でも、そうですが、ここまで、潮が来ましたよとか、地震の時はこうなりましたよ、その時は、こうしなさい、ああしなさいよと言う事を残しているのに、関わらず。
わざわざ、それを実行しない人間が多い、先人の方々が残した書物、神社仏閣等に残る、言い伝えなど、まさに、御守護の見本の如き、ストップを見せて戴いている事柄なのに、実行しない、見る事も、聞く事もしない。

命を落としても仕方の無い事をしている訳です。

その場に立ち合い、何故こうなるのかと問いても、災害は起きる。
人々が、よく言う言葉で、何で、こうなるのか、では無く。
残して戴いた、伝えを守らなかったから災害等に遭う事になっている。

災いが繰り返されると言う事は、同じ事が、ズーと起こっていると言う事です。

同じく、人間同士の争いも起こっている、でも争いは、ズーと争っている訳でも無い、どこかで止まる。
でも、それが、又、起こる。
でもまた止まる。
でも、又、起こる。

この繰り返しは、これは神が、仕組まれて繰り返す事ではなく、人間が行う繰り返しです。
何故、人間がそう言う風にするのか。

人間の中には、神が居れる。

神が思えば絶対に止めれます、何かにせよ、何かをしようと思った時にはストップを掛けるのが神の務めと言うか仕組です。

人間の中に居る神の仕組です、人間をコントロールするのが神様です。

しかし、神様が示したストップを守らないのは何故かと言うと。

神が、そうさしているのでは無く、人間の思いが強いから、そうさせている訳です。

よく言われる言葉に、歴史は繰り返される、これは当たっていると思います。

人間が自身の我欲によって招いている、我が強かったら、そこには、神様は存在しなくなるって事になります、ストップも掛けて戴けなくなると言う事ですね。

人々の話、伝承などの伝えを聞くのか、聞かないのかの判断を自分でしていると思っていますが違います。
本来、自分がするのではなく、自分の肉体に居る神がする。
だからストップが掛かる、御守護が戴ける。

今一度、言います、人間同士の争いが起こるのも、災害等に遭う事も、人間自身が我欲によって招いている事を、御守護を自ら遠ざけている事を理解して下さい。

皆さんの周りを、しっかりと見て下さい、 御守護と、お仕組みを、沢山戴いている事が 見えて来ると思います。

神様と先人の方々に、感謝ですね。

神様に逢いに行って下さいね。
 

御守護

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年10月28日(木)21時12分20秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん、御守護について、続きを書かせて頂きます。

当然、御守護をしてくださる時に、率先して働いて頂いているのは、神々で有り、氏神様です。
氏神様が、いなければ、生も死もままならない、人間の日々の生活の面倒を見て戴く神様です。
生まれてから死しても、導いて頂けるのが、氏神様であります。

旅行をするのにも、目的地の氏神様、その目的地に行くまでの間の通過する地域地域を担当している氏神様との連携を取り合い、我々を御守護してくださいます。

御守護を戴くには、神様と、繋がりを持たなければならない。
その繋がりの頂点には 神ノ大元ノ大神様が、おられます。

この繋がりを形成する為には、肉体に宿る神が、存在しなければ、人間と神様の仲介役が出来ない。
宿る神が、いなければ 氏神様との連携が取れず、神様との仲介は成立しない。
御守護を含め、あらゆる仕組みが成功しなくなる

宿る神は、人間に直接、閃きを与えてくださる方で、神々、又、大神様の想いを、中継してくださる。

いろいろな方法を使われ物質的にも仕組む、心にも、ひっかかるような状況も作る。
又、その場その場にもよるが、神ノ大元ノ大神様の直系の神々の、お話も伝えてくださる。

御守護のストップが掛かるのは、自分が、するのじゃない、自分の肉体に宿る神がするんです。
だからストップが掛かるのです。

肉体に宿る神から、見放された者っと言うのは、何をし出すか分からない、人を傷付けたり、又は、自ら自分の命を絶ったり等。
見放された者は、もう凧と一緒、糸の切れた凧と一緒、必ず落ちて行く、上がるんだけど切れたら落ちて行くしかない。

そうならない為には、どうしたら良いのか。

ストップを掛けて下さる神様に、御守護、感謝を、しなさいと言う事です。

元来の姿で在る、自分自身に宿る神と通じ合えば、自然と大神様、神々の方々と通じる。
現状は、通じていなければならない事を忘れているかの如く、宿る神を、蔑ろにしている。

又、自分自身を自分自身で、汚している事にも気が、ついていない。

人間の傍には必ず御守護して下さる方々が、いらっしゃいます。
そう言う方々と、いつも、お話をしていれば、必ず守ってくださいます。

御守りに頼る事は無いです。
御守りが有るとか無いとかではなくて、いつも、そばにいらっしゃるから、その方々から、いつも御守護を戴ける。
いつも、そばに、いらっしゃるから、それに感謝して、御守護を戴いていなければならない。

今回、あらゆる事からお守りくださいと、お願いする言葉を書いておりますが、意味が、解りにくいです。
あらゆる事ってどう言う事なのか、教えて戴いたのは、あらゆる事って言うのは、自分が起こす行動、人間が起こす行動の全てを意味します。

今一度申します、御守護のストップを掛けるのは、自分が、するのじゃない、自分の肉体に宿る神がするんです。
ストップを掛けて下さる神様に、日々御守護を戴いている事を、感謝しましょう。

皆さん、自分の肉体の中に居る神様に、どのような感謝をすべきなのか、考えましょう。
 

/48