スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:3/468 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

真素直に実行するということ

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2021年10月17日(日)16時39分57秒 i118-18-189-200.s42.a040.ap.plala.or.jp
  通報 返信・引用
  私は今、前人未到の体験の真っ只中にいます。
これからの私がどうなって行くのか、私自身もとても楽しみに暮らしています。

当会で活動し始めた3年目、私は関節リウマチになりました。
今思えば、活動し始めた年の暮れ、朝目が覚めたとき、身体の関節にある潤滑剤が流れ出る様な感覚があり、不思議に思っていたその後に、段々と時間を掛けて、手の強ばりや膝や関節の腫れ、立ち座りのし辛さ、座った状態で靴下が履けず何分も掛かる様になり、背中が痒いとき自らの手が届かなくなるなどの変化を経て、働くことすら辛くなった3年目の暮れに関節リウマチであると診断を受けることになった訳です。

当時の私は、それまでに関わって来た宗教活動や、体験した様々な出来事から、自分の行動は神のお役に立っていて、喜ばれることを沢山させて戴いた一人だと誇らしく思っていた節がある。当会でも何か役に立たせて頂きたいと思いながらの診断結果であった為、自分になぜその様なものが降りかかって来たのか分からずにいました。

診断後、自分が会に入った理由とは何か、その事ばかり考えていました。
医者の言う通り、そのまま一週間入院し、強い薬を投与して様子を見ながら通院という手もあったのでしょうが、私としては、本来の人としての姿に戻り、暮らしを自分を取り戻していけば、もしかすると、そのうちに回復ということも起こるのかも知れないと漠然と考えていました。

本来の人としての姿とは、日々の暮らしに感謝して、毎月の暮らしに感謝すること、そしてきちんと月に一度の氏神様への挨拶を続けていくことでした。
ただ、最初の数か月は本当に大変で、身体がいうことを利かないのが、こんなにも不便なものかとつくづく感じる毎日でした。

今迄は気付かなった、通りのちょっとした段差や、滑りやすいタイルなど、もし今ここで滑ったら自力では起き上がれないという恐怖心で、一歩一歩確認しながら歩いたり、股関節に激痛があってどこかで座って休みたいのに、どこにもベンチが無かったりと、世の中というのは、本当に身体に異常が無い人々の為に作られている世界なのだと痛感しました。

そういう暮らしであっても、少しずつその状態に慣れて行って、痛みや辛さはあるものの、妻が寄り添ってくれることや私の様に足が悪い人がいたら、何かの支えになりたいと思う様になったよと聞いた時は、心が熱くなりジーンと来ました。
周りの人々の優しさ、支えてくれる家族、私がどこかで落として来た感情を呼び覚ませてくれる病気だったのかも知れません。

高山の集いの会にも、出来る限り行きたいと思いながら、始発の新幹線に乗り遅れず行けるだろうか、乗り継ぎはうまく出来るだろうか、旅館で食べる夕飯は正座だろうか、椅子ならいいななど、ちょっと考えただけでも身体がいうことを利かないもどかしさと共に、多大なる迷惑を色々な方々に掛けてしまう事にちゅうちょしてぎりぎりまで行くと言えずにいましたが、なんとか周りの方々の支えもあり、辛い状態のなか参加をさせて頂きました。

参加をしてやっぱり来て良かったなと思ったのは、神様に自分の状態を見守って戴いているというなんとも知れぬ心地良さがあったこと、布団に入って眠ると、睡眠時間は短くても何時間も多く眠った感じでとても身体が楽になったように思うところでした。

それと、その時の体調に沿ったアドバイスが戴けましたので、帰ると真素直になって、実行していました。
自分にできることは、アドバイスをいかにして実行していくか、実行するためにはどう動くべきかと、あれこれ試行錯誤して行動しました。

私は、自宅療養を一年五ヶ月おこなった訳ですが、一年過ぎた辺りから、身体が動ける様になったら、再就職の活動をしないとならないなと思い始め、傷病手当は一年六ヶ月間と決まっていましたので、四月位に動ける様になれば、就職活動ができるなと思っていましたら、その通りに動ける様になり、五月から働き出す事が出来たのです。

最初の会社は、午前十時出社で、フレックスタイム制を導入したところでしたから、ちょっと朝体調が悪いなと思っても、朝九時からやっている整骨院に寄って出社ができたり、徐々に仕事に慣れさせて貰えるような進行と新たなる事業展開に加わったりと、充実した日々を送らせて頂きました。
ただ、トップがあまりにもワンマン過ぎて、社員がどんどん辞めて行っても堂々と自分は今のスタイルを変えるつもりは無い!と断言するような方だったため、居心地が少しづつ悪くなっていました。

すると、ある夜突然トップに呼び出され、こんこんと皮肉や罵声を浴びせられ、3時間程詰められました。話を聞きながら、ここはもう去るべき時が来たんだなと感じていました。
入社した時は、あんなにも軽快に動いていた身体も段々と動きづらくなってもいました。

身体の調子を戻しつつ、働ける会社は無いものかと、ハローワークに行き検索したところ、辞めた会社の事業展開時に学んだ事を主にしている会社があり、気なったので履歴書を送ってみました。直ぐに会いたいと電話があり、入る事にしました。そこは、電車で通える所でしたが、最寄り駅から片道二十分は歩かねばならず、自宅から換算すると通勤で往復一時間半位歩くこととなり、車通勤もNG、残業もNGの会社でしたから、とにかくコロナも途中で出て来たこともあり、九時五時の規則正しい生活が送れました。

お陰で、体調は本当に良くなりました。
そんなある日、会社の上司から呼び出しがあり、コーヒーでも飲みに行こうと誘われました。内容は、コロナの業績不振による退職依頼の話でした。話を聞きながら、そうか、ここも、去るべき時が来たんだなと感じました。ただこの時は、入社した時よりも更に軽快さが増し、一年四ヶ月後の良好だった体調をも凌ぐものでした。

次に行くべき所は、もう既に感じていました。
コロナの前に、誘われていた会社が一つあったのですが、通勤時間が片道一時間半掛かることと、事務所の玄関まで手すりの無い十数段の階段を上らねばならないことがネックに感じ、体調的に自信が持てなく、断念していたのです。

その会社に入るためのリハビリ期間があり、心と身体を鍛える時間を与えられたのでしょう。という事が今なら分かります。

なぜ、この様な過程が戴けたのかについて、神様に対し、全てを戴いていることに感謝する。
全てとは、自分自身も肉体も病気も苦しさも周りの人々も環境も何もかもを含めた全てをという意味合いです。

肉体を維持するためには何かを食べなければならない。
何かを食べる為には働かなければならない。
働く為には、健康な身体が必要です。
健康でいる為には、日々暮らさしてもらえる感謝が必要なのです。
どんな状態であれ、全てを戴いていることに感謝なのです。
一人では生きて行けませんから、周りの人々の存在も用意して下さっているのです。自分が成長する為に必要なものなのです。

そういうことを踏まえて、日々生かされていることをコツコツとありがたさを感じながら生きていくのです。
奇跡の様に一瞬で物事が変わることはないと前回書きましたが、日々実行することがなぜ必要かと言えば、人の中にある我欲や傲慢さなどは奇跡の様に一瞬で無くなりはしないからです。
神々に日々感謝することにより少しづつ溶かして行かなければ、本当の自分の身にならないことを神様はご存知だからなのです。

日々きちんと実行していく健気さ、本当に通じて欲しいと願う真素直な気持ちと努力、この思いと行動が自分の中にいる神様と通じ合えれば、私が思うことと私の中にいる神様の思いが連動して、どう私が動いたら良いかを自然と流れる様にして下さっているのです。

これが出来る様になれば、私が今体験させて頂いていることと同じ様に出来る様になって来るのです。

書かせて頂いたことは、空想ではありません。

本当に今、ここで起こっていることなのです。
 
》記事一覧表示

新着順:3/468 《前のページ | 次のページ》
/468