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心の有り方

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2021年 4月 1日(木)20時51分52秒 zaq31fa8eba.zaq.ne.jp
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  愉人です、皆さん、4月です、新しい月に成りましたね、氏神様には、挨拶に行かれましたか。

皆さん、前回の続きで、会員の方と話をした時の内容を掲載させて頂きます。


今日ね、大阪の成田山に行って来ました。

あぁ、神社仏閣巡りですか。
不動明王?

そうそう、久し振りに休みを貰って成田山行って来ました。
まあ、あそこは、お年寄りも居るし、凄く若い子が多かったのよね、土曜日だし物凄く人が多くて、で、感じたのがね、この人達、ここに何をしに来ているのかなってね。
まあ普段でも、お賽銭投げて帰る人も居るし、祈祷も何回かやるし。

不動明王って言ったらお寺、仏教のほうでしょう。

仏教って決めたのは、そういう人達が勝手に決めた訳でしょ?

御祓いとかって言うから神社かなって一瞬フッと思った訳ですよ。

御祓いもしますよ。

なら神社なの?不動明王って。
お寺やろ?違うの?成田山って、お寺と思っていたんですけど。

お寺と神と両方入って居るのでは無いんですか、あそこは。

そんな事、言われても何とも言えないよ、本来はそうだとは思うけれど、営業的には寺か神社か分けてるんじゃない?

いや寺やったら鐘撞堂も在るし、でも鐘撞堂は無いけれど、あそこには四国八十八か所の、あれも、お祀りしてるし。

四国八十八か所って言ったらあれでしょ、空海のあれでしょ?

そうそう、いやでも、起源は弘法大師、鑑真が来て不動明王が出て来たっていうね、そう言う、あれがあるんで。

密教、仏教ですよね?

でも僕は永大供養の御位牌を祀っている様な所に、きちんと、しめ縄を置いてあるし、あそこはね。
だから要は、神仏も神も仏も神と崇めていると言う事やね、崇めているんじゃなくて神の存在をね。

解らんなホントに、と、言う事はインド仏教みたいなものか。

だから何て言うの、願うって事よね、あそこは、お願いをするって言うか、そこにお坊さんたち、僧侶、僧侶と言うのかな、あそこ、例えばホラ貝吹いて。

一応、仏教系の中に於いても中国から渡って来た仏教は神様を否定しているけれど、インドから発祥している所の仏教は、神を崇めている所も多いからね。

だから不動明王、成田山も、ヤッパリ神として崇めていると思うんですよね。

お坊さんが神として崇めていると言う考え方で良いのかな。

そう思うんですよね、成田山というのは全国に在りますよね、で、大阪の成田山は千葉の成田山かな

確か関東が本場やと思いますけど。

だから成田山という意味合いは別々だよな、だから稲荷もそうでしょ、伏見稲荷とか岡山の西城稲荷とか色々在りますよね、だからそこに、神社も、そうなんだけど色んな神様をお祀りしていますよね、天満宮さんとか八幡宮とか、だから訳が解らないよね、一つは。
只、僕の中では、分け隔て、分け隔てって言ったら、おかしいけれど、神の中心になった人達と成田山と言うのは、不動明王という御祭神の中で、又、役割が違う、各神々様。
神ノ大元ノ大神様、各神々様、そこに入る神々様じゃないかなと思うんですよ、各神々様と言う定義は。
だから、神ノ大元ノ大神様、各神々様、この定義からすれば、各神々と言うのは、全世界の神々をあらわすって事ですよね。

だから私自身が今、感じているのは、各神社、各寺で名前が付いているけれどそれはただの呼び名であって、御役と言うか行っている事は、人間が決め付けた御役では無い事を、行っているのが、今の現代で有ると言う認識が有るんですよ。

それは当たり前の事じゃないですか、人間が神の事を決められる訳でも無いし。

だから不動明王って言ったら元々人間が破邪の神とかね、災いを咎めるとか止めるとかって言う様な神様で有る、と、言う定義を人間が作ってしまっている訳ですよ、でも実際的に不動明王という呼び名で有って、行っている事は違う御役の仕事をしているのでは無いのかなと思っている訳です。

人間としてまず、何々をしなさいよ、どこそこへ行きなさいよって我々は提案しているんだけど、そこに1つ、言葉を付け加えなければ、ならない事が有るんですよ。
まず我々は氏神様に行きなさいよ、とか言っていますよね。
それを、皆様が本当に心の中から、お会い出来る所に行って下さいねって言う言葉。

心の中から?

だから波長が合う、これを言ったら、又、宗教みたいになるけれど。

貴方が行き易く、心が安らぎを感じる所という意味合いじゃ、拙いんかな?

イヤイヤ、それで良いと思うよ。

形だけ、みたいな言葉になってしまうけれど、貴方自身が心休まる所であれば、氏神様としてお詣りに行ったら宜しいと言う言い方も逃げ口上としてあるんですけど。

だから、お詣りに行くんじゃ無くて。

挨拶に行く。

だから挨拶という言葉も重いのよね実際はね、合わせると言うか、だから挨拶じゃないのよね、挨拶って言ったら毎日やらないといけないから。

そうですよ、毎日やらないといけませんよ、それは、神様に対する挨拶は大切ですよ。

だから人々にね、我々だったらそうかも知れないけど、人々に伝えて行こうと思ったら、今の、この世の中、そこに行った所で、貴方の心が神様とか仏様に合うと言うか、貴方の心が、そこに入り込むような場所を探して下さいとか、探して下さいは、おかしいのだけど、そこに、貴方の思いが届けられるような所に行かれては如何でしょうかと。
只、単にお詣りするのは、どこの場所でも良いですよって、本当に貴方が思う事、貴方が本当に願う事になれば、貴方の波長が合う所に行って、深く深く頭を下げて思いを伝えてみては如何ですかって。

心が入り込むなあ?うーん、難しいな。

難しいですよ、皆さんみたいに、きちんとそれを出来る人達って言うのは、中々居ませんからね、それを人に伝えるって事は難しいですよ、でも、これをやらないと、乗り越えられないんですよ、我々は。

何から?何から乗り越えないといけないのですか?
全然知らされておりません。

そんなに簡単に教えてくれませんよ。

でも、今言われた事、貴方の波長が合う事に通じる言葉やなと思っただけで、一般の人には相当遠いと思って。

だからそうなんですよ、貴方がたは、簡単に、波長が合せられます、目の前に居るんですから、けど、普通の人が、それをやろうと思たって出来ない事なんですよ。

なぜ?って、そこには守護してくれる方々が、ちゃんと、いらっしゃるからです。

この思いを伝える事って、簡単じゃないですよ、簡単であれば、どんな世界に於いても受け入れて貰えます、けど受け入れて貰えないと言う事は、どう言う事かって事なんです。それをあくまでも敢えて発信しようというのが、神の世界の事なんです、残さなければならないと、この時代にね、残して行こう。
なぜか、入れ替わりが起るかも知れない、これは僕も分からない、教えて貰ってないから、けど伝えて行かなければ、いけない事は、確か。

神様との接し方と言うか、心の持ち方、感じ方、満足感、全ての感情、神様に対しての心の有り方を、問われているのが現在の人間の姿でしょう。
皆さん、神様に逢いに行きましょう。

 
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