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高山集いの会、ご報告

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2018年12月15日(土)11時41分15秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
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  12月8、9、10日の2泊3日で集いの会が行われました。
今回は高山と伊勢で集いの会が開かれ、参加させて頂きました。
高山では、今期三回目という寒気と雪の中にもかかわらず、親神様や沢山の神々様にもお会いできまして、多くのありがたいお話しや叱咤激励も賜りました。

御出になる神々様がみな、今宵の直会が楽しみじゃ、楽しみじゃと口を揃えて仰るので、顔が硬直し少しビビッていましたが、直会では何とも素晴らしい今迄聞いた事も見た事も無い、神様だけが使用できるという秘技をご披露戴きました。
聞いているだけで、あらゆる次元に届くが如く拡がりを感じながら感動して心が洗われる様な体験をさせて頂きました。

また高山から伊勢へと参拝の御許しも賜り、伊勢の夜も直会が開かれました。高山の直会で披露された秘技も再度拝見させて戴き、やはり凄いパワーと隅々まで拡がって行くような、そんなイメージがありました。
神々だけが使えるもので、決して真似をしてはならぬと仰せでした。
貴重なものを御見せ戴き、神に、神に、ありがとうございました。

伊勢神宮へは、参拝する前に、二見が浦にある二見興玉神社へ参り、古来より伊勢神宮をお詣りする際は二見が浦で身を清めたと言いますので、その後下宮、本宮へと参りました。
二見が浦では、海沿いという事もあり、季節的に冷たい風が吹いていて私の関節も悲鳴を上げ始めましたので、伊勢神宮に行く前に、旅館に帰りチェックアウトまでの少しの間、腰を下ろし小休憩を取りました。

下宮での参拝が終わり、本宮へ行く道中、駐車場までの渋滞時間もありがたく、きっとこの時間帯も自分の関節や体調の具合を少しでも回復させる為に用意して下さったんだろうなあと、感謝しました。

本宮では、会員の皆さんが私の身体を気遣い、時折自分の方へ目を配り状態を確認していました。本宮の隅々までの参拝こそ出来ませんでしたが、やり遂げたという何かしらの達成感があり、今度は元気になって来たいなと思いました。

今回の長い道中の中で、自分の身体に関する話が一つあったので書かせて頂きたいと思います。会員と色んな話をするうちに、我が家のお墓の話しになり、十一年前に他界した兄はそこのお墓に入っているのかと聞かれました。
実は、兄は実家のそばにあるお寺の納骨堂に入っていて、母と兄嫁が話をし最も訪れやすい場所という理由で、納骨されています。

私自身、骨には執着がある以外誰も居ないという認識が以前からあり、亡くなった直後に某会の人からお兄さんは今修行に励んでいますよと、聞いた事もあり、骨には何もついていないと思い込み、兄の納骨の件は、母と兄嫁に任せていていました。

道中の話しに戻りますが、会員からは○○家の長男なのだから、○○家の墓に入るのは当たり前の事ではないのかと言われましたが、その時に考えを巡らせていたのは、母と父方の親兄弟との仲や色んな事を任せっきりになっていて、自分が跡取りという感覚をしっかりと根付かせてはいなかったなと気付かされました。
会員からは、納骨堂とお墓へ分骨したら良いんじゃないかと言われ、その話をし出した神様より、貴方の代できちんとしなさい、と仰せになられました。

正月に両親に話し、来年一月一杯位できちんとしたいと思います。
と答えたら、貴方の今の身体の状態もそこが関係していますよ、と仰せになられました。
会員曰く、全ての原因では無いかも知れないが、きちんとすべきではないかと。

この話のやり取りを知らなかった会員に、こういう話しがあって兄の骨を分骨する事にしたんですと言うと、その会員から、こう言われました。
お兄さんの執着がそこの骨にあるから動けないだけでしょ?執着を無くして神様に祈ればどこへでもお兄さん行ける様になるのではないの?

本人が自分が残したものという認識を改める必要があるのではないかと思いました。
身の周りの全ては神様から与えられているものであり、生きている人間だった時に幸せを感じる為に用意して下さった妻や子供、そして環境です。
でも肉体を無くしたら、人間だった時の名前など必要の無い世界、神様からくだされる意図を繋げていく役目を担う事だと思います、生まれた所に戻ることとは神の世界に帰ること。肉体を無くしたら神の世界に帰ることなのです。

自分の周りの環境も物質的に何かを動かさなければいけない事は、人間にしか出来ないですが、何をどう動かすかを神様から聞かせて戴けるのは、極僅かな者だけなのだと、とてもありがたく、現在の環境に感謝致しております。

この件に関しては、またご報告させて頂きたいなと思っています。

今回の集いの会は、大収穫の集いの会でありました。
神様からこれまでは、そなた達に期待などしておらぬと何度も何度も仰せでしたが、今回の集いの会で仰せになられた事は、ご期待して戴いているからこそ仰られたのではないかと思う事柄がとても多く感じられ、身の引き締まる思いでありました。

余談ですが、源泉かけ流しのいいお湯に浸かっている時に、いそいそと周りの雪をかき集め、人に投げつけている人がいましたね、その雪は鑑賞するものでかき集めて丸めて投げるもんじゃありませんよ。しかもニヤニヤしながら投げない様に。

来年は今年よりも色んな事が起こるでしょう。
一日でも早く、氏神様の元に参られ、神様との繋がりを持たせて戴ける人へとなれる様に、多くの方が行動される事を願っています。
 
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