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人間の衣を着たもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 2月11日(月)15時23分1秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
三連休はいかがでしたか。北海道ではマイナス30度を下回った所があったと聞きます。私達は自然の脅威をどこまで体験する事になるのでしょうか。年が明けてからというもの、あまり良いニュースも聞きませんね。

今日は、人間の衣を着たものというお題目で話を進めて行こうと思います。
最近のニュースを見ていると、子供を死に至らしめる親や動物を虐待して楽しむ飼い主などがよく取り上げられています。両者共に、行動が似通っている所は、子供を虐待する場面、又は動物を虐待する場面を動画に収めている所でしょうか。

エスカレートすると、そういう場面を動画サイトなどにアップして、他人の反応を楽しんでいるかのような行動に出ている人もいますね。子供は親の愛情無くしては生きていけません、人に飼われている動物も人の愛情無くしては生きていけません。
子供を虐待する親はみな、その子が生まれた時から虐待していつか殺してやろうと思っていたのでしょうか、動物を飼おうとペットショップなどで探している時から、いづれ育てて殺してやろうと思って飼っていたのでしょうか。

そんな人は居ないと思いたいですね。
段々育つ中で、自分の思う通りにならない、言う事をきかない、そういう時に会社や家庭内で溜まったうっぷんを晴らす為の手段として、自分より弱いものをターゲットにして責める。責めても自分の思う通りにならないからどんどんエスカレートしていく、そういう行動を見れば見るほど思うのは、もうその人は人間の親では無く、単なる獣ではないかという事。

ここで使う獣とはあくまでも気が狂ったものという意味合いですが、日頃の姿は人間で、ある目的の為に獣とかす人間が実は本当に多くなっているのではないかと思っています。
そういう人間が増えている一つの原因として考えられるのはやはり、氏神様への感謝の無さではないでしょうか。
親がいてくれて自分がいる、親がいるという事は、親のまたその親がいたからだから、ご先祖にも感謝が大切。自分に子供がいるのは、神様からの授かりもので、自分が成長させて貰う為に存在している、だから神様にも感謝なのです。
感謝を語りだせば切りが無いのが当たり前になる筈です。

それが出来ない人達は遅かれ早かれ、獣になる素質があるという事です。
人類が滅びの世を取るか、取らないかは、一人一人の行動・想いにかかっているのです。その猶予が今与えられているのではないでしょうか。
もう既に獣になっている方がニュースで報じられているという事は、それは氷山の一角という事で世の中には、人間の衣を着た獣が沢山いるという事ではないでしょうか。

貴方が獣になるかならないか、貴方自身の行動・想いにかかっているのです。再三掲示板では、氏神様に感謝しましょうとか、神社に行ってみたらどうですかと投げかけていますが、これを読んでどう思い行動されていますか。
読んだだけで納得している場合ではありませんよ。

子供には親が又は周りの大人が教えてあげなければなりません、強固な建物に逃げる事が逃げ道では無い事を、すがる所は神社であり氏神様の所だとだという事を教えてあげて下さいね。
それを教えてあげられるのは、氏神様への感謝を日頃実践している人々ですよね。
同じ国の者同士で殺しあっている場合ではありません。

氏神様はずっと待っていらっしゃいますよ。
 

流行りもの

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 2月 3日(日)18時07分3秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
早いもので二月に入りました。寒くなって参りましたが、月初めのご挨拶には皆様行かれましたか?私たちが日々生かされ、御守護を賜っているのは、氏神様がおそばで見ていらっしゃるからです。是非感謝の挨拶に出かけてみて下さい。寒い時でも日が照る様な温かさに触れられると思いますよ。

今日は、流行りものというお題目で話を進めて行こうと思います。
皆様はインフルエンザに掛かりましたか?
私はというと、社内で二人のインフル感染者が出ており、また正月明けから怒涛の仕事に追われ、睡眠不足と疲労で免疫力が下がっているところでしたので、一発でうつされてしまいました。

私の場合、微熱が二日くらい下がらず風邪薬を貰おうと思い、念のためにと内科で見て貰った所、インフルA型という診断でした。うっそでしょう?と思いながらも医師より、ここのバーが赤くなっていますから間違いありませんとリトマスバーチャートを見せられました。
微熱でもインフルに掛かっている私のようなケースを巷では隠れインフルエンザと呼んでいるそうで、流行りものをいち早く受け取ってしまいました。

医師の見立てによると、月曜日からは出社しても良いでしょうとの事でしたので、明朝具合を見て判断したいと思います。
また、最近ではインフルの薬も色々と進化しているようで、私はてっきりタミフルを処方されるのかと思いきや、タミフルのタの字も出て来ず一日一回服用する錠剤でも無く、吸入器で吸って体内に入れるタイプを処方されました。一度吸えば一週間効果があるそうなので、その間に治るという仕組みらしい。

ただ昔から言われていましたが、15歳以下でタミフルを服用した場合、幻覚などを見たり、興奮して飛び降りなどを行うケースが今でもあるそうです。
大人でも、そういう薬を敢えて使って飛ぶ興奮を得ようとする者がいると言います。
命を粗末にする行為は、いつまで経っても変わらないものですね。

流行りという訳ではありませんが、最近ではネットで知り合った方に会いに行って、事件に巻き込まれるという事が多い様です。自分がそういう目に遭わない様に又は係わりを持たない様にする為には、自分がそれまでに経験した物事だけで想像し察知できるものではありません。
ましてや、そういう事が起こる時というのは、あれよあれよという間に起こってしまうものです。

日々、何もなく平凡に暮らせる事、こんなに幸せな事は無いと思います。誰もがそういう生活を望み、暮らしたいと思われているでしょう。きちんと自分が幸せに暮らせている事を氏神様に感謝して、挨拶する事を忘れてはいけません。幸せな暮らしを送らせて頂いているなと思う時があれば、尚の事神社へ行かれ嬉しいご報告をしてみて下さい。

苦しくなってからやろうと思っても中々できるものではありません。

氏神様に感謝の挨拶をする事は、自分が暮らす環境を整えて下さるというのは、前々からお話ししている通りです。思い立った日が貴方にとって吉日です。
流行りでは無く腰を据えて取り組むものとして、神社へ行かれる事を願っております。
 

山と人の暮らし

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 1月27日(日)14時47分5秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
日本海側では、昨夜から今日にかけて暴風雪の荒れた天候に見舞われるとニュースで報じられていましたが大丈夫でしたか。今年は、西日本が暖冬で東日本が去年に増して豪雪と聞いております。
何があろうとも、氏神様に感謝をなさる事を忘れなければ良いのではないかと思います。悪路がおさまったら、氏神様に日頃の感謝を捧げに行かれてみてはいかがでしょうか。

今日は、山と人の暮らしというお題目で話を進めて行こうと思います。
昔から山のふもとで暮らす方々は沢山居られますが、海外にも代々山のふもとで暮らす方々が居られます、先日TV番組でイタリアのとある地方の山のふもとに暮らす方々が取り上げられていました。

そこで生まれ、一度は違う場所で暮らしてみるも、やはり故郷に帰りたくなり、生まれた場所に戻って余生を過ごしたり、ずっとその土地を離れずに暮らしている人々の生活に密着して、これまでどういう人生を送って来たのかを紹介する番組です。

戻られた方々は、都会で忙しい毎日を過ごす中では忘れていたという、花に四季があることや植物が芽吹いていくさまが何よりも落ち着くと言われていました。
またある人は、山に感謝をしながら毎日歩き、山にあるものを使い昔の製法で紙を作っている様子などが紹介されていました。

そのTV番組で紹介されるイタリア人の中には、こういう方も居られました。奥さんに先立たれて寂しくはないですかという問いに、ご主人は、神様がお決めになられた事ですからねと優しい口調で話をされていました。私が思うにホントに素直な方というのは、年齢に関係無くいらっしゃるんだなと心を打たれ、またこういう人々の話を聴く事が心の平穏を促すものの一つであると思っています。

この様に神様からの恩恵があり生かされ、家族を敬い大切に思う心、そして召されていくという思想が代々続いているのだろうなと思います。

日本に住む方々の中にも、きっとそういう思いで生きている人々は居ると思っていますが、海外と日本とでは、表面的な呼称とか表現に違いがあるとは言え、神様に対する思いというのは、それほど変わらないのではないかと思います。
ある部分では過激な思想を持っている方々も居られますがね。

その中でも、日本には、各々で暮らすエリアを守る神様がおられ、日頃の感謝を行える場所があるというとても恵まれた環境であるのは言うまでもありません。
ただ実際に神社というものは目に見えますが、社にいらっしゃる神様を見る事はできません。目に見えない世界にいる神様を崇めているという意味合いで言えば、その姿は地球上どこででも通じるのではないでしょうか。

山のふもとで暮らしている人々も、海外では目に見えない神様に感謝を捧げる、日本では、山を守る神様が鎮座されている神社へ行き感謝を捧げる、この事が大切な事ではないかと思います。
最近の山での災害の多くは、やはりそういう思いが薄れてきている事への神様からの警鐘ではないかと思います。
今一度、自分が住む土地・周辺環境に目をやり、近くの神社にご挨拶に行かれてはいかがでしょうか。
思いの世界ですから、心静かに素直な心で神様を思えばきっと通じる事と思います。

 

返答

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 1月19日(土)22時15分38秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  聖書の解釈が人それぞれ違うのと、己の主張を優先させたい我欲がそれぞれの宗派が生まれている理由でしょう。

根本から言えば、神様への理解度が違うから色々な宗教が生まれているのが現在、この日本でも、神道、仏教、キリスト教、イスラム等、又、新宗教等、神様の解釈が違う集合体が出来ていますよね、私は人間それぞれの我欲から分かれて出来上がっていると思います。
 

無題Re、2

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 1月19日(土)22時12分18秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  キリスト教が分派していった背景は分かりませんが、やはり人間が人間のために作った教えであるがゆえ、その教えに従えない人々が出てきたのではないかと思います。

もしも神から直接降ろされた教えならば、良い意味で世界中に広がり、地球上は幸せになっていなければならないでしょう。

そうはならず、宗教戦争が起こっているという事は、神が降ろしたものでは無いと証明されてたのではないでしょうか。

 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2019年 1月19日(土)22時00分55秒 sp49-104-16-63.msf.spmode.ne.jp
返信・引用
  聖書を通して、それを信じていたなら、キリスト教とか、いろいろなキリスト教が存在するのは何故  

質問

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 1月19日(土)21時51分52秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、私も、お聞きしたいのですけれど、東輪さん、まず人を救うと言うのは、どんな状態の人を救うと言われているのか解りません。

神様は日々、色々な人々に対して御守護下さっていると聞いております。

救うの意味が解らないのと、聖書は文書を記録しているもので、救いの道具ではないですよね。
聖書の中に書かれている内容を応用して人々を導けるかと質問されているのですか。


 

無題Re

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 1月19日(土)21時40分56秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  こんばんは、東輪さん
キリスト教の聖書は人を救うことが出来るか、人を救うという意味合いについてどこまでお考えか分かりませんが、以前映画等で見た感じでは、神父が信者に対して聖書のある部分を読み聞かせ、神の考えを伝えるシーンがありました。

捉え方は人それぞれでしょうが、その信者は心が救われたというシーンでまとめていました。

これを見る限りでは、聖書の中身は、人が悩むときにどの様な考えの元行動するべきかを説いているのではないかと思いました。
その言葉一つ一つが、神から降ろされたものかどうかは、不明です。
 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2019年 1月19日(土)20時21分38秒 sp49-104-16-63.msf.spmode.ne.jp
返信・引用 編集済
  一つだけ聞きたいこと
キリスト教の聖書は人を救うこと、できますか。
教えて下さい。
 

宗教が人間に何を与えたか

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 1月14日(月)20時28分28秒 i114-190-59-62.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  掲示板をご覧の皆様いかがお過ごしでしょうか。
三連休はゆっくりできましたか、正月明けの連休は嬉しいものですね。
嬉しい事があったら、嬉しい事を与えて頂きありがとうございます。と心の中で神様に祈ることも、大事だと思いますのでやってみて下さい。

今日は、宗教が人間に何を与えたかについて話を進めて行きたいと思います。
ある転機を向かえた時、何かにすがりたいと思った事はないでしょうか。大きな病気になって手術をしても助かるかどうか分からないと言われた時、或いは自立して会社を立てる時など、自分で結果が見えない事というのは誰しも不安になるものです。先を見通せる霊感の強い人は居ないか、占いはどうか、救いの団体などに目を配る事もあるでしょう。

その様な時に、救いの手ともいうべき事態が起こり、家族や友人などから、話をされる事があります。それは、宗教に入ってみてはどうかという誘いです。
誘う側からしたら、そこの宗教では奇跡が起こって癌が治った人がいるとか、事故に遭いそうだったのが寸前の所で助かった話など、人知では到底理解できない事柄を持ち出して、誘ってくる場合があります。

すがりたいと思う人からすれば、その事柄は喉から手が出るほど欲しいものかも知れません。家族がやっているのなら、友人がやっているのならという安心感もあり、入信してしまうケースです。この様な状態で入信すれば、恐らく一生懸命になって活動をされる事でしょう。いつか自分にも奇跡が与えられて病気が治る日が来ると信じての行動でしょうから。

元来宗教というものは、奇跡を起こす団体として興ったものなのでしょうか、こっちの団体は奇跡を起こすけれど、こっちの団体はダメみたいよとか、そういうレベルの話を昔聞いた事がありますが、宗教を最初に興した人は、どの様な理由から始めたのでしょうか、人間を創造した神に感謝が大事だとか神が望む人間の姿とはどうあるべきかや、人として暮らすためにはどの様な生活を送らなければならないかなどを教えようと開いたのではないでしょうか。

それがいつの間にやら、人間が作った人間の為の教えになって来たのではないか。
先程書いたケースでは、自分の我欲を優先させて行動するものであり、本来のあり方とはかけ離れている事だと思います。
団体も人数が増えていくと教祖、幹部、一般信者という風に組織的な階級が必要となり、新しく入信した者をいかに留め置く事ができるかをあの手この手でやっている様に思えてならないのは私だけでしょうか。

現在有名と言われている宗教にしても、これまでの歴史で分かるように、改宗しなければ滅ぼすとか、教えを広めるという大義名分で殺し合いをしているのですから、もはや最初に宗教を興した痕跡は、一つも残ってはいないのではないでしょうか。
残念ながら、人間の我欲が勝っていたという事でしょう。
宗教が与えたのは、自分だけが特別な存在で素晴らしい学びを行っているという自己満足の世界と、自分には奇跡が起こるという棚ぼた的な考えを植え付けただけなのかも知れません。

純粋に神の事を知りたいとか、人とはどうあるべきかなどを考え、行動したいと思われる方が居られるのならば、現在お住まいの近くにある神社へ行かれて下さい。
元気な声で挨拶を行ってみて下さい。
そして心静かに目をつむってみて下さい。

宗教が作った神からは得られない事を沢山学ばせて戴ける事でしょう。
一人一人が目覚めて、行動するべきときが来たんです。
他人が作った神を崇め友達と会えるから居心地が良いなんて言っている場合ではありません。
自分自身が神様と向き合い、そして対話をする、そういう世界を作っていかなければ、いつか宗教という大きな波にのみ込まれてしまいます。

 

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