投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


異常気象

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 7月 2日(火)23時17分9秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しております、愉人です、七月を迎えました。
皆さん新しい月になりました、氏神様への挨拶、行かれましたか、神様への挨拶大切ですよ。

令和の時代を迎えてから、色々な事が起こってますね。

先月は地震が起き、七月早々からは異常気象で大雨、皆さん雨は大丈夫でしたか。
日々、自然界の脅威を肌に感じます。

日本本土近くで台風が発生したり、つい最近梅雨入りした西日本は、梅雨入りが遅く成りましたが、沖縄は梅雨明けしたり、例年通りの天気が、あてはまらない日々になって来ました、異常気象が通常に成る怖さを感じます。

やはり人間が我儘を行い、自然を壊したツケが回って来ているのでしょうか。

しかし、自然、天気、天変地異等、どなたが仕組まれているのかを考えますれば、人間が神様に対する感謝がどれだけ出来ていないのか、本当に感謝と挨拶を大切にしなければ、ならないかを痛感する天候、気象状況だと思います。

改めて申し上げます、日々、神様、氏神様に感謝を、そして新しき月を迎えさせて戴いたならば、氏神様に、ご守護の御礼と挨拶に行かれますように申し上げます。

皆さん、氏神様への挨拶大切ですよ。
 

(無題)

 投稿者:東輪  投稿日:2019年 6月12日(水)21時46分48秒 i220-221-58-249.s42.a026.ap.plala.or.jp
返信・引用
  高山楽しかったですね。高山は色々な神様が入り乱れてる土地ですから、そこに神様の。最高の神々がおられる所が高山ですよね。皆さま宗教に携わっておられる方、皆様の大元の神様は高山に居ました。おられました。その神様は、分け隔たり無く生き抜く人間に御守護を毎日お与えされてます。
今日の日はここまで。
 

高山集いの会

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 6月11日(火)22時09分36秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  6月8、9日の1泊2日で集いの会が行われました。
去年12月に開催されてから半年振りの集いの会です。
久し振りの会員との対面なので本来なら、近況の出来事や報告等の話しから入っていくところ、今年は1月から月に数度開催されているスカイプ集いの会が、ほぼ全員参加という仕組みを頂いていて、都度それぞれの近況の話しは出来ていたので、道中の会話では、疑問に思っている事柄について、それぞれの想いに専念し語り合いました。

集まって神様の事を真剣に語り合う仲間の存在がとても心地よく、お集めになられた神様に感謝しつつ向かわせて頂きました。

道中は、今迄にないほどとても穏やかな気持ちと雰囲気の元向かわせて頂いた事が、後に神様からも同じ様に穏やかに来られましたかとお伝え戴きまして、神様が九州に地から集いの会開催の神社に到着させて頂くまで守って下さっていた事に感謝の想いでいっぱいでした。

愉人さんも書かれていますが、当日の直会が今回は、本当に大勢の神々様が御出でになられ、お伝えをして下さる方を通して、お話し戴きました。
去年より神々様とお酒を酌み交わさせて戴けるという機会を頂戴しておりましたが、前回は空になったコップを持たれ、注げ!飲め!と仰っておりましたが、今回は、よし、では酒を注いでやろう!と仰り、お伝えの方は目を瞑った状態でしたが、きちんとコップに注いで下さり、旨い酒を頂戴しました。

ただ、飲めと言われて口をつけると、御出になった神様は、ほぼ全部飲み干してしまわれるので、こちらとしては、たまりません、かなり酔ってきまして、これは久し振りに寝たまま吐くかもな?と思ったぐらいでした。幸いにそこで飲んだお酒はとても普段では飲めない様なものを、差し入れ頂いていたので、吐くことも無く寝る事が出来ました。

差し入れをして下さった方、良いものを本当にありがとうございました。とても美味しかったです。

直会は、4時間以上になりましたが素敵な時間を過ごす事が出来ました。
その素敵な時間の一つが、親神様の想いを御伝え戴いた時です。
もう感動で返事もかすれるほどでした。
でもその後に、本当に大変事を頼んでしまったなと、仰り、普通ならば神様が大変だと思われる事ならば、とても出来ないと思うかも知れませんが、私達のそばにはいつも御伝えをして下さる方が居られます。

この方は、親神様が選ばれた唯一のお方ですから、迷う事があれば伝えの者に聞くがよいとまで前々から仰って頂いておりますので、大変だとは思いますが、行わせて頂きますという気持ちでした。

途中、途中で仰った内容で、衝撃的な部分もありましたが、なぜ私達が活動し神様の思い、教えをひろめ、それにより神ノ大元ノ大神様の御名をひろめ、氏神様の大切さ、神々様の存在を知らしめ、後世の人間に残すのかを明確にお話し戴きました。

宿の温泉は、とても気持ちよく夜と朝と二回入りました。
朝ボーっと露天でくつろいでいると、例のごとく誰かが目の前を、ざっざっざっと波しぶきを上げながら歩いている人がいましたね、広いんだから、目の前をわざわざ通らないように、よろしくお願いしときます。
「しときます」は、九州弁です。

さて、次回の集いの会、いつになるかですね。
神様から、約束をきちんとしなければ、来てはならんと言われております。

これからは、今止まっているHPのカテゴリー内容も追加していきたいと思っております。

今回は、高山集いの会参加の御許しを賜りまして、神に、神に、ありがとうございました。

神ノ大元ノ大神様、神に、神に、ありがとうございました。
 

高山集いの会の思い出

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 6月10日(月)20時21分8秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、皆さん如何に、お過ごしですか、私、6月8・9日に高山での集いの会に参加して来ました。

今年初めての高山で、令和になっての新年の親神様への挨拶に行かして頂きました。

半年も遅くなっての参拝です、色々な思い、特に遅くなった説明、理由等を考えながらの気分は暗い道中でしたが、高山に近づいてくるとワクワクする思いが沸き上がり違う世界への突入と言うか、明るい思いに浸ってまいりました。

そして、いよいよ到着、親神様への挨拶が済み、よく参られたとの労りの、お言葉を戴いた後、やっぱり質問が飛び込んでまいりました。

その言葉とは、心が読まれまくりの状況と言いますか、何の抵抗も出来ずの言葉でした。

その言葉は「言い訳でも良いから来る時期が遅くなった事を説明せよ」と言われました。
考えていた言い訳なども出来ず、只々お詫びするだけで、日々、サボって居りました、としか言えませんでした、正にグゥの音も出ない状況です。

後は時間が早く過ぎるのを願って居りました。
最後に今日の直会は、祈りに祈って、数多くの神々に参加して頂く様に祈れと言われ、「夜を楽しみにしている」と言われ、親神様との挨拶を終えました。

さぁ夜です直会です一言で言えば凄い直会です数多くの神々が訪れ次から次へ話をなされ、神ノ大元ノ大神様の言葉を、お伝えに来られた神様まで居られ、私共人間に、お伝えを聞かせて戴ける幸せを感じて居りました。

是も神様のお言葉を中継出来る会員の方が居て下さるから、神ノ大元ノ大神様が選ばれた、この方が居て下さるからこそ、お話が聞ける幸せを感じました、神様の言葉を伝えて戴ける、この会員を大事に大切したいと、改めて思って時を過ごしました。

まぁ当然サボっていた私に言葉を掛けて戴きました、神の仕事を前に進めるようにと、私に優しく丁寧に解り易く説明して戴いた神様も居られ、今後、私達のやるべき仕事を再認識させて頂きました。

その内容は、神ノ大元ノ大神様の御名を弘め、神ノ大元ノ大神様、そして神々様の存在を知らしめる事。
神の示したる言葉、神の教え、神の思いを後世の人間に残す事。

改めて閲覧されている皆さんに伝えます。
我々、神周士の会(カミアマネシモノノカイ)は宗教では有りません、救世主でも有りません、予言者でも有りません。
只々、神ノ大元ノ大神様の存在を知らしめる為の活動をするのと、人間と神々との付き合い方、接し方、氏神様への挨拶の大切さを示しているだけでございます。

しかし、この活動の中に於いて体験する事は今迄の人間では経験していない事々で御座います。
神々の言葉を伝えて戴ける方が居る事で、神々と杯を交わさして戴き、神々までも神同士の杯を交わす等、前代未聞の事と言わしめる状況を体験しております。

翌日、帰路に就く挨拶に親神様の所に行きましたら、昨晩の事を言われ、前に進める様に活動をし、ムダな時間は過ごさぬ様に言われ見送られました。

後、思い出して見れば、来年は巡り巡る事が多い年に成ろうと、今年サボった埋め合わせが有るような言葉も戴きました。

次回は何時、親神様に会いに来れるか楽しみな気持ちに成って高山を後にしました。

今回も、ありがたい事に念押しに言われたのが、神との約束をしたとハッキリ言いきられました。
その時、恐怖を感じたのと同時に、人間で有る私が神と約束が出来ると言う感動も覚えました。

直に神様と約束しちゃいました私。

今回の高山集いの会を終えて思う事は、サボッて居ても、ズーと神様が見守って戴いて居た事や、直会に神々と供に過ごさせて戴いた幸せを家に帰った今も、時間が過ぎれば過ぎる程、感謝の思いが沸き上がって来る、集いの会でした。

神ノ大元ノ大神様、高山集いの会での過ごさして戴いた有意義な時間、凄く楽しかったです。

神ノ大元ノ大神様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございました。
 

荒れ事の日々

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 6月 3日(月)02時21分47秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しております、愉人です、六月を迎えました。
皆さん新しい月になりました、氏神様への挨拶行かれましたか、神様への挨拶大切ですよ。

令和の時代を迎えさせて戴きましたが荒れ事が起きていますね。

特に幼い子供たちの惨事が二つも有りました、一つは横断歩道前の安全地帯に居ても車が飛び込んで来る、車道より離れた歩道、それも安全地帯に待機している子供達に、絶対安全だと思っていた所へ。
又、もう一つは、通学バスを待って居る子供たちの列に、凶器を持った犯人が子供たちに襲い掛かる、教職員も保護者も子供たちの安全を願って見送りに来ている方達を蹴散らしての凶行が起こる。

二つとも絶対安全だと思って行っていた日常の行動が、安全では無かった、安全だと思う大人たちの我が有ったのでは無いかと思います。

早く走りたいから、早く右折したかったからと言う、我が有り、自分の感情を満足さしたかった我が有るから子供達、人々を襲う。

犯人だけが我儘を通しているのではなく、普段日々行う事にも我が入ってるような惨事が起きたと思います。
善悪では判定出来ないですけれど、日々の過ごし方にも我が入れば、安全が崩れ、惨事が起きて来るんだと思います。

日々、これで絶対安全だと思い込まず、もっと良い方法は無いかと我を出さずに行動しなければ、もっともっと、荒れ事が起きる日々が多くなるでしょう。

皆さん、積極的に行動するのは良いと思います、しかしそれが我に成らないように、気を付けましょう。
人間には絶対は有りません、油断なき様、自分自身が我を作らない様に頑張りましょう。
 

(無題)

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 5月11日(土)12時16分27秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  最近ネットニュースで、なぜ心霊番組は無くなったのかという見出しがありました。
読んでいくと一人の女性霊能者が多数の番組に出演していた当時、某カルト教団が数千人の負傷者を出すバイオテロを起こし、そのカルト教団がオカルトまがいの活動をしていたことから、メディアが心霊というものから離れていったとありました。

その後もちょこちょこですが、あの家には霊が出るから泊まって撮影だの、どこそこには、夜な夜な霊が出るから霊能力者を同行してタレントと一緒に夜に撮影などという番組はありました。

ただこれらの番組でよく放映されていたのが、同行していたスタッフに異変が起こり、謎の吐き気だとか、震え、痛みなどの症状が出ていた事も多々あったと記憶しています。

なぜこの様な現象が起こるのか考えたことはありますか、例えば酷い頭痛で動けない時、その状態を知らない人から何度も呼ばれたらどうでしょう、呼んでいる人に対して、いつまでも平常心でいられるでしょうか、いらいらが溜まり危害を加えることがあるかもしれません。

もしもどこかで霊が出るという話を聞いたならば、その霊がどんな状態かなど誰にも知る由がありません。先程書いたような頭痛程度のお話では済まされない状態だという認識を持つべきなのです。それは、日頃のニュースを見ていたら誰にもでも分かる通り、惨い殺され方をした方は沢山います、殺され未だに見つかっていな方々もどこかにいるかも知れないんです。

そのような場所に、霊が出るからと遊び半分で行ったらどうなりますか。
ただでは済まされないのが明白ではないでしょうか。

目に見えないものへの関心は、少なからず誰もが持っています。でも、領域を侵してはならないんです。
霊に興味を持つことは危険な事だと思ってください。
行くべきではないのです。

目に見えないものへの関心は、氏神様へ向けてください。
目には見えないけれど、氏神様は人間の御守護をしてくださっています。
令和の時代は、自分自身を正さなければいけない時代かも知れません、今一度自分が生かされている事を考えて、どなたに感謝するべきなのかを考えてみてください。
 

令和の時代が来ました

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 5月 1日(水)09時08分4秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しております、愉人です、令和の時代が来ましたね。

神ノ大元ノ大神様、令和の時代を迎えさせて戴き、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

皆さん、五月一日、氏神様に新しき月と新しき令和の時代を迎えさせて戴いた感謝と挨拶に行かれましたか、令和の時代の初詣です、是非に行ってください、挨拶が大切ですよ。

神様と人間の繋ぎ役、霊的能力を持っておられる方も神様との繋ぎ役かも知れませんが、天皇家は神様と人間の繋ぎ役として縄文時代以前より人々を導いて来られた、み役を持った方々、その新しき、み役を継ぐ令和天皇と歴代の天皇に感謝をし、新しき天皇に畏敬の念を持って、激励と称賛を送らせて頂きます。
神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
 

時(トキ)続

 投稿者:神周士の会 愉人  投稿日:2019年 4月 1日(月)16時29分59秒 zaqd37c3a05.zaq.ne.jp
返信・引用
  愉人です、春、四月を迎えました。
皆さん新しい月になりました、氏神様への挨拶行かれましたか、私は朝に行って参りました、神様への挨拶大切ですよ。

前回、時(トキ)について投稿しましたが、今回、継ぎ足しと言いますか続いて、時(トキ)について話をさせて頂きます。

私は神様に祈る時に、神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます、と、唱えます。

時間が時(トキ)が有るからと言うか、存在するからこそ物質が形成されていると思うからです、物理的に言えば、物質を構成する最小単位が原子です。

原子の構造は原子核と電子の2つから構成されており、原子核を中心に、電子が原子核の周りを動いているイメージです。

電子が動くと言う事は時間が存在するから、a地点からb地点に移動しa地点に戻って来る動きを周ると言う事です。
移動する為には、時間が進まなければ動く事が出来ない、電子が核の周りを周れない事になります。

電子が原子核の周りを周れ無ければ物質が形成されなくなると言う事です。

時間が止まれば、時(トキ)を刻まなければ、時間が無くなれば、物質は何一つ形成されない、存在しない、宇宙も地球も生物も人間も光も存在しない、静止するのではなく時間が無くなれば、全てが無になる、無くなると言う事。
光も、どんなに早くても時間がなければ進む事も出来ない、煌めくことも出来ない。

時間の単位、長さは人間が勝手に作った基準では有りますが、時間そのものは神々がお創りに成られ司っているもの、当然、神の世界に存在する時間と人間が使う時間とは違うと思いますが、人間が存在する物質世界では時間が無ければ、全てが存在出来無いのです。

今、私たちは存在するため、生きて行くために必要な物、全てを戴いております。

時間が有るからこそ物質を形成し動かして戴いて居る、生きるために生活するために全ての物を戴いて居る事を感謝しなければならない。

神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。

だからこの祈りの言葉を日々、私は唱えております。

神ノ大元ノ大神様に、又、氏神様に感謝とあいさつをすることが大切と伝えております。
 

移り変わり

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 3月21日(木)18時38分54秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用
  現在私は、一年半前に中途入社した事務所で働いています。ただし、無理をして動くと病気の症状が出るので、無茶な仕事を振られない立場でという名目でしたが、誰もが無理をしないと達成できない仕事の多さで、自分も例外では無く他の方々とそれ程変わらない動きで、仕事をしてきました。

それが年が明けてから身体の調子が少しずつ良くなり、今では大分無理の効く身体になってきたなと思える様になったある日の事、以前居た会社の所員が会社に面接に来ていました。

その日、面接場を離れた社長が私の所へ来て所員の性格や仕事振りについて尋ねました。私が居るのを知った上で訪ねて来ている事は分かっていましたが、率直に、自分の思った事を告げました。

しっかりしている方で、お客さんからも信頼されていた方ですよと。

数日後、連絡があり会社に是非入りたいと申し出があったそうです。
所員の正式入社は四月からとなり、同じく三月一杯で退職する人が一人居たので、丁度の入れ替わりで、所員の入社が決まったのでした。

その他に、私が入社してからこの三月で退職する人を含め三人目が退職になった訳ですが、四月からは所員の他に去年の段階で決定していた新卒の人も同時入社が決まっています。そこで、会社としても部内の編成が必要となり、自分の仕事の振り分けについても、部内のチーフ格より話がありました。

社内で専務と新卒四年目の人がずっと担当して来た内容のもので、仕事に繋がるかどうかを計る大事なものです。私も前の勤め先で同じ事をやっていたので快諾しました。

その話が決まってホントに間髪入れずに、任される案件が飛び込んで来ました。
依頼があった日から次の日の午前中まで別件作業が立て込んでおり、開始は一日半後からのスタートになりましたが、久し振りの手応えを噛みしめながら、進めていると社長が近寄ってきて、出来たか?と尋ねてきました。

私は、まだまだ途中なのでと告げると、すかさずいつまで掛かっているだと急に怒り出しました。全然始めたばかりで、全く形になっていなかったのですが、言い訳が出来る状態ではありません。何か言わなければと思い、不確かな情報を口に出しました。すると、首をかしげて、それはおかしいんじゃないかと、詰め寄って来ました。

私もそれ以上のものは頭に入れていなかったので、考えを巡らせていると、途中でも良いから直ぐ持ってきて!と言われ、検討前の検討段階のものを持って行き、想定される多くの事を言ってその場を乗り越えようとしました。なぜなら、時間があればできる事だからです。

十分に検討して、何回も見直して、チェックして作るというスタンスで以前の会社では取り組んでいたので、そのスタンスを取り戻そうと必死でした。
すると、じゃあもう一回ちぇんと検討してまた見せてくれと、ただしスピード感を持ってやってくれよと言われ、取り組みました。

次の日は夕方から会社の寄り合いがあり社員全員参加だったので、夜遅く帰って来てからも終電まで作業を進め、寝不足と疲労で私としては全然時間が足らないと思いながらも次の日の午前中に簡潔に見直して仕上げました。

それから別の作業に入り社長が出先から戻るのを待ちました。夜になりチェックが始まりました。社長は、私が出したものを見ながら、ここはどうなっている!ここはなぜこうなった!なぜこんな事になるんだ?と怒り口調で言い、君は何年この仕事をやってきたんだ!根本からなっていないじゃないか!

それから約一時間程、色々と否定され罵声を浴びせられ、けちょんけちょんに言われました。最後に、今日はもう遅いから、自宅に帰ってからも考えてみて明日先輩がたに聞いて、午前中までに何とかしろと言われました。

私としては、やっと身体も少し戻ってきて、力が振るえる場を与えられたと思い良い所をお見せしようと躍起になっていたのと、社長の事は心から凄い人だなと思っていたので、そういう方からの言葉だったのが余計に心に刺さり、心がふらふら状態ではありましたが、とにかく進めなくてはと、大体の考えを会社でまとめて帰路につきました。

ただ帰ってからも時折塞ぎ込み、何度も落ち込みそうになりました。
妻の前では空元気を振り絞り、なんとか悟られない様にしていましたが、妻には話しておこうと思い、重い口を開き全部を話しました。
妻は話を聴き終わると私に、じゃあ首になっちゃうの?と言いました。私はそうなるかもねと言うと、フッと浮かんで来た思いがありました。

自分は何の為にこの会社に入ったのだろうかと、お金を稼ぐだけなら色んな仕事もあったけど、病気になる前にやっていた稼業に戻ったのは、どんな理由だったのか。

神様はどういう理由で自分をこの会社に送り込んだのだろうかと、色々と想いながらその日は寝ました。

次の日、妻を最寄りの駅まで送る途中車内で、社長はせっかちで、自分のいう通りにならないと、誰にでも激怒して振り回す人なんだよと言い、自分が昨夜絞られた様な情景は、何度か他の社員で見た事があると話すと、妻も今務めている会社の以前の支店長の性格が社長の性格とほぼ同じで、前の支店長の話しを聴いている様だと言い、次の様に話しました。支店長に理不尽な事を何度も言われて、何くそーって思って何度も涙して拳を握りしめたかという事と、そういう事もあってその時は苦しかったけど、なんとか頑張れたから今があるしねと明かしてくれました。

妻の話を聴いて、僕の先輩だと感じ心に響きました。

一人になり出社するまで間、妻の話しや自分に起こっている事を考え、会社の人材の入れ替えにしても、環境の変化を起こす為に神様が何かの考えがあり起こされている事で、乗り越えなければならない事が来たのかなと思い始めました。

同会員からも言われたのが、無駄に時を捨てては神様にしかられますよと、悩んでも解決しないのがこの世の中、時を刻めば必ず答えがあると。

出社する手前で、ようやく、くよくよしている時間は無い、前進あるのみ!という心に変化しました。
会社によって取り組み方は色々ですが、他の人がやれた事を自分が出来ない訳が無い、取り組み方を学びながら一つ一つ、堅実にやって行こうと思います。
 

我の神が一番

 投稿者:神周士の会 九代  投稿日:2019年 3月17日(日)18時47分3秒 i114-184-210-114.s42.a040.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  世界には沢山の宗教が存在します。
日本にも沢山の宗教が存在しています。

どこの宗教にも過激な人又は熱心な人々がいるものです、世界の情勢を見た時宗教が火種となって戦争や争いが起こっています。
宗教とは、教えや戒律に支配される為の場ではなく、神を崇め奉る心を学び生活する事を実践する場では無いでしょうか。

国や言葉に違いはあれど、人を創造した神を語る上では同じ神を崇拝しているのと同じでしょう。また、どこの国や地域にも神話があり語り継がれています。その登場人物は名称や成り立ちが違うだけで話は似通っています。これらの神話がなぜ似通っているかと言えば、考えられるのは、出所は一つであるという事、つまり広まった地域が違うだけではないでしょうか。

どこの国の神話が最初であるとか、どこの宗教の教えが一番とか、我の神が一番とかは無いんです。
ゆえに、崇める神の御名が違うだけで求めている神は同じだという事です。
その事に気付いているのでしょうか?
宗教に関わる殆どの人々は、我の神が一番という思想で行動している事でしょう。

我の神が一番は、人間が作った偏った教えです。
我の神が一番は、他の神の教えを排除します。
我の神が一番は、争いを生みます。
我の神が一番は、我欲です。

集団になればなるほど、間違いが間違いを生み偏ったものになってしまいます。
特に日本の場合、今や月謝を払って寄り合いの場と化しているのが、宗教ではないでしょうか。
神を遠ざけてしまったのは、人間かも知れません。我の神が一番と唱えているのは、人間の教祖であり、神からの教えでは無いのです。

一人一人が目覚め神と向き合い、行動しなければ、本当の事は分かりません。
その行動こそが、ご先祖に感謝する事であり、氏神様に日頃の感謝を捧げる事なのです。
 

/39